ハセベが如く

世の女性たちがなんとなく共有する、誰もが知るおじさん著名人たちへのファジーな嫌悪感の正体に迫る本連載「ニッポンのおじさん」。大人の事情により第12回からしばらくお休みしていましたが、今週から復活します!
第13回は、サッカーW杯決勝トーナメント1回戦のベルギー戦を終え、代表引退表明をした長谷部誠さん。
W杯3大会連続で主将を務めた彼の「心を整える生き方」にみる、批判にまみれたこの生きづらい現代社会を生き抜くおじさんの流儀とは?

W杯の祭りに乗れない人たちと「意識高い系」

 ハロウィンやクリスマスは冷笑的に横目で見やる歳になってしまった私でも、一応サッカーW杯くらいはちょこちょこ見ていた。別に熱心なサポーターでもないし、ロシアにも渋谷にも行かなかったが、一応わけあって決勝戦までテレビで見ていた。

 ちなみにクロアチアが優勝していたら大人の事情で私は大変機嫌が良かったのであるが、負けたのでやっぱり次回のW杯からはもう熱心に視聴せず、冷笑的に見ることにするだろうと思う。不純な動機でも何でも、そういった世の中の盛り上がっていることは冷め切らずに祭りに乗った方が面白いのはわかっているが、やはりいくつも歳を重ね、そんなに不幸でもないけど震えるほど幸せでもない人生を送っていると、どうしても人はシニカルになっていくものだ、と私は思っている。

 さて、数年前に流行した「意識高い系」なんていう言葉があるが、この、誰もが割と共有できているし了解できているが、言葉で説明しようとすると結構難しいジャンルを私は、シニシズムと対極にある状態、と考えている。つまり、雑誌のコピーを斜めから読んでバカにするでもなく、うがった目で疑うでもなく、自分のやっていることを天から見下げて「何やってんだよお前っ!」的なつっこみをすることもなく、オーガニックとか朝活とか自分磨きとか未来のための僕らの地図とか言えてしまう人たち。それが政治的な方向に向かう場合もあれば、インスタ映えな方向に向かう場合もあれば、ひたすらCSRとか健康に向かう場合もあるのだけど、どの世界でも戦う僕の歌を戦わない奴らは笑うだろう的な精神で、人の嘲笑を気にせず邁進する、ある意味大変素直で真面目な人たちだと思う。ファイト!

 生きていく上でどちらが楽しいかと言えば、シニカルすぎるよりは意識高い系でいた方がいいに決まっている。人は客観性を持ちすぎると何をするにも斜めから構えてしまい、心からはしゃぐということが難しくなる。だからインスタ映えなスポットに集まって死ぬほど自撮りしている女子、名付けてインスタ蝿たちにしても、大学の講義は出ないのに新進気鋭のビジネスマンによるオンラインサロンなんかに集まってやりがい搾取されている男子学生たちにしても、客観的に見るとアホばかりではあるものの、人生の楽しみ方としてはそう間違っていない。かといってあのようになりたいか、と言われればそれはまた別の話なんだけど。

8月4日の「HATASHIAI」が盛り上がったわけ

 先日わけあって東京タワーを真上に見上げる場所で開かれた素人たちによる大掛かりな格闘技イベントを観客として見ていたのだが、例えばイベントの空気に乗せられて、客観的に見ればただの老人虐待にしか見えないものを格闘技と言い換え、周囲の冷ややかな視線に気付かず、大真面目に喜んだり野次を飛ばしだりしてしまうような様はこれすなわち大いなる客観性とシニシズムの欠如だ。ただし、編集者の主宰するオンラインサロンで、「やりがい」や「最先端の空気」というものを会費と引き換えに手にしているとすれば、苦行のような搾取される側の人生を、そういった自覚なしに乗り越えるという意味ではとてもポジティブな生き方とも言える。何度もいうが、その盲目な生き方が楽そうで素敵だという事実と、そのように生きたいか、というのはまた別の話である。

 さて、そのような冴えない学生時代の生き直しのような擬似イベントとはまた次元が違うものの、生きがいのない人にも生きがいを与えるという意味ではサッカーW杯のような世界規模なイベントもちょっと似ているところはある。巻き込まれる大衆の側にすれば、乗っかるに値するイベントを見分ける品と視点に大きな差はあるが、祭りに乗って何かしら自分も喜びや興奮に巻き込まれた気になるという意味ではやはり凡人のための大いなる仕掛けとして機能している。

 仕掛け人はともかく、フィールドの上で球を蹴る選手たちや仮設リングの上で果し合いをするサラリーマンたちは意識の高い低いに関わらず本質的に客観性など持ち得ないし、巻き込まれる大衆を興ざめさせないためにも確信犯的な客観性の放棄こそが正しい態度ではある。しかし金髪で小柄な老芸人に本気のトレーニングの成果をぶつけようとする若手編集者に比べて、世界の強豪に食らいつき、ポーランド戦(1点ビハインドのままフェアプレーポイントで決勝戦に進むべく、パス回しだけで後半の時間を消化した)の後のインタビューで観客にとってのもどかしさにまで触れたサッカー選手は、随分と達観した大人げを持ち合わせている。

長谷部誠の習慣とは?

 さて、そんな大人げある祭りの神輿である元日本代表主将 長谷部誠のベストセラーになった著書のタイトルは『心を整える。』。なるほど確かに日本がゴールした後もはしゃぎすぎず冷静に敵の配置を確認する様などまさに心が整ってる感じ。期待などされていない日本国内の空気感を敏感に感じ取り、それをバネにして良い結果に結びつけようとする凛々しさもまた整ってる感じ。

 本に何が書いてあるかというと、天才型ではないと自負しながら、日本代表を率いて世界を相手に勝利を掴むにいたった長谷部自身が日常的に心がけていることを、浦和レッズ在籍中やドイツで活躍中のエピソードなどを含めて数十の項目を立てて紹介している。これを長谷部が大好きだというミスチルの歌を頭の中で鳴らしながら読むと、なるほどストイックにも思える彼の日常的習慣は、確かに人の背筋を伸ばし、心を鎮めそうな気はする。ミスチルの歌というのは基本的に新しい扉を開けて終わりなき旅に向かって歩き出す歌なのだが、長谷部の本は基本的にその新しい扉を開け続ける終わりなき旅の途中で心が折れたり人を傷つけたりしないために、いかに深呼吸して周囲に目を配るかを綴った本だ。

 その習慣というのは、寝る前にベッドの上で30分間心を鎮める時間を作るとか、一人で温泉に出かけるとかいういかにも心が整いそうなものから、マイナス発言をしないとかお酒の力に頼らないとか、そういった人として立派になるためのものまで56もあり、これを実践することによって調子に乗らずに自分を律しつつ活躍できる人間が出来上がりそうである。

批判の時代を生き抜くための『心を整える。』

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

tokuyoshikeiji 相変わらずムダに長い割にオチなしのtx(失笑〜。oO(すかも名付けてインスタ蝿て、さも自分発信のやうに仰られられてますが、オデ氏が相当前〜使てた造語なんだけども=З 1年以上前 replyretweetfavorite

tatsukoba 違和感。何が言いたいのか読みとれなかったというかついていけなかった→ 1年以上前 replyretweetfavorite

pua_deer 鈴木涼美さんの目の解像度の高さにすごいなぁと! まだ、本を読んだことがないのが恥ずかしい😂 1年以上前 replyretweetfavorite

megamurara 爽快感でいっぱいです。 1年以上前 replyretweetfavorite