山小屋でもっともチヤホヤされる業務とは?
「他人からチヤホヤされることを仕事のモチベーションにしてはいけない」
そんな言説をよく耳にする。
たしかにそうだろう。他人からの評価に振り回されていたら身がもたない。
だけど誰だって単純に、褒められたら嬉しいんじゃないだろうか?
「かっこいい!」「すごい!」といった言葉でやる気が出ることもある。私だって、作ったご飯を「おいしい!」と言われると、次はもっとおいしいものを作ろうと思う。大人だって案外、単純なのだ。
ところで、山小屋にはスタッフ仲間からチヤホヤされやすい業務がある。
歩荷(ぼっか)だ。
歩荷とは、必要な物資を人間が背負って運ぶこと。
もちろん、重さはその荷物によって違うが、場合によっては40㎏くらい背負うこともある。
想像してみてほしい。40㎏なんて小~中学生ひとり分だ。それだけの重さを背中に背負って、急な山道を登るのだ。
そりゃあチヤホヤされるだろう。重いものを背負えば、褒められたり、労われたり、感謝されたりする。
まぁ、それが理由というわけでもないけど、歩荷は人気の業務だ。「歩荷出たい人?」と言われると男子はほぼ全員が手を挙げる。接客や調理よりずっと楽しいらしい。
「楽しいらしい」と他人ごとのように書いたのは、私が10年間の山小屋生活の中で一度も歩荷をしなかったからだ。拒んだわけではなく、たまたま機会がなかった。
今この原稿を書くにあたって、私も一度くらい歩荷しておけばよかったな、と少しだけ後悔している。
歩荷はかっこいい!
基本的に、歩荷は男子スタッフの仕事だ。
いくらジェンダーレス社会になろうとも、どうしたって、女子スタッフより男子スタッフのほうが重い荷物を運べる。
場合によっては女子も歩荷することがあるけど、軽い物しか背負わせない。別にレディーファーストの観点からではなく、体力を消耗してその後の業務に支障が出ると困るからだ。
歩荷には背負子(しょいこ)という道具を使う。
運びたい荷物を背負子に括りつけて背負い、山道を歩く。
山小屋では、荷揚げは基本的にヘリで行う。だけどヘリは数週間に一度なので、急ぎの物資などは歩荷で運ぶことがある。
特に、悪天候で何日もヘリが飛ばないときは食材が尽きかける。そんなときは、男子スタッフが総出で歩荷をしたりもする。
ちなみに、歩荷を職業にしているプロの「歩荷さん」も存在する。しかし北アルプスでは、歩荷さんを雇うという話はあまり聞かない。北アルプスで歩荷している人を見かけたら、だいたいは山小屋のスタッフだと思っていいだろう。
小屋ガールたちは「歩荷をしている男子はかっこよく見える」と口をそろえる。
私もそう思う。見慣れた夫も、普段は頼りにならない後輩も、背負子(しょいこ)を背負うと7割増しくらいに見える。
力持ち=かっこいい
なんて素朴な価値観だろう。現代の日本社会において、この価値観が共有されているのは山小屋くらいじゃないだろうか。