じゃあ、とりあえず皆で話そうよ。婚約者と浮気相手が集う夜

2人の男の間で揺れる百鳥ユウカさんは、2人を手紙である場所に呼んだ。百鳥ユウカさんが結婚できない真相がだんだんと暴かれていく新章のはじまり。

世の中で一番うれしいのは、アイスのもう1本が当たること。

なぜなら、あの棒が見えるときはだいたい食べ終わりそうな時で、少し後悔しているからだ。

もう少しゆっくり食べればよかった……。もっと味わえばよかった……。

名残惜しく食べ終わろうとしたときに見える「アタリ! もう1本」の文字。

よかった、今度はもう少しゆっくり食べよう、って、小学生だったころのぼくは思ったんだ。

******
「大切な話があるから、◯月×日に尼崎のここに来て欲しい。来るまで待ってます。ユウカ」

独身寮にいる池崎の元に届いた手紙には、初めてみるユウカの筆跡でこんなことが書かれていた。いかにも子どもじみていて、いたずらか何かとも思ったが、ユウカならこういうことをやりかねない、となかば冷めた気持ちで眺めていた。

同封されていたのは、一枚の名刺。なんかお店の名刺のようだったが、ずいぶんと古い名刺で角が変色していた。

来るまで待ってる、というメッセージは、実質行かないという選択肢を相手から奪っていて、中学生が好きな相手を告白場所に呼び出すような思いつめた感じは、ユウカが時折みせる子供らしさを確かに反映させていた。

だいたい、ユウカはいつも一方的に怒って、一方的に泣いて、一方的に相手を貶める。対話なんてハナから選択肢になく、ド直球で気持ちをぶつけてくるから、今回もけして会ったからって事態が好転するような予感は一切しなかったけれど、恋人である以上行かないわけにはいかなかった。

一応、名刺には地図らしきものが書かれている。場所はわかるが、念のためお店のホームページを調べてみると、池崎はあることに気づいた。

「あれ、この店……?」

******

池崎とほぼ同時刻、もう一人の男も同じ手紙を受け取っていた。彼も感じるところは池崎と同じだったが、池崎に比べて少しだけユウカに同情的だった。

2人の男が指定された店に向かった時、外はどしゃぶりの雨だった。

まだ秋口というのに、雨は外気からあらゆる熱を奪って、シャツが濡れてしまった池崎は肌寒さを感じていた。

お店の入り口は案の定閉まっていた。

「やっぱり、この店、つぶれてるじゃないか……」

「ゴールディ」という看板が扉の上に掲げられていたが、付いているであろうネオンは切れていて人気は全く感じられない。すでに廃墟になっているようだ。曇りガラスの向こうは真っ暗で、中にはいることを若干躊躇していると、背中を押すようにビューと冷たい突風が吹いた。

扉に手をかけると、ギーッと音を立てて開いた。雨どいから滴り落ちる水滴から身を避けるつもりでさっと足を踏み入れたら、中はホコリとカビが入り混じったような匂いが鼻を刺激した。

最後にここに人が入ったのはいつのことなんだろうか。おそるおそる二歩、三歩と歩みを進める。携帯電話のライト機能を使って、全体を見渡すと喫茶店だったころの面影はなく、椅子やテーブルは角に乱雑に積みあがっていた。

「ん?」よく見てみると他にも新しい足跡があった。

「ユウカさん?」

その足跡は2階へと繋がっている。2階にいるってことだろうか。まったくこんなところに呼び出してどういうつもりなんだ。少し憤りを感じながらゆっくりと歩みを進める。上がりきって廊下を進むと奥の部屋に人の気配を感じた。

ふたたび「ユウカさん?」と声をかけると、

「もしかして、池崎くんかい?」と声が返ってきた。その声は明らかにユウカではなかった。

「は? ひょっとして高畑さんですか……なんであんたがここに……」

「それはこっちのセリフだが……僕はユウカさんに呼ばれてここに来てるだけだよ」

向かい合った2人の男は、あらためて厄介な女を相手にしてることを再認識した。まったく、何を考えているんだか……。この気持ちは2人に共通した気持ちだった。

「はぁ、僕ら二人を鉢合わせにして何をしよっていうんですかね」

なんだか、ユウカの気持ちが透けて見えた気がして、むしろ、やりきれない思いが去来した池崎の方から口を開いた。それに対して、高畑は相変わらずマイペースな返答をする。

「ユウカさん自身はまだ来ていないようだね」

池崎はわかりやすく肩を落として、ひとつ間をおいて言った。

「いや、ユウカさんは……来ませんよ」

「なんでだい?」

「だって、そうでしょう。ここにユウカさんが来たらユウカさんだって気まずいはずですから。そんなこと彼女はしない。いつだって、相手の気持ちを試すんだ。僕たちが会って、結論を出してから来てほしいって思ってるはずですよ。ユウカさんがやりそうなことです」

「そんなに無責任かなぁ? ユウカさんは、僕ら二人の前で結論を伝えようっていう腹積もりじゃないのかな? 君に別れ話をしても 首を縦に振らないから、僕を呼び寄せたのかもしれない。だって、君は彼女と結婚するつもりはないんだろう?」

池崎を前にすると妙に饒舌になる高畑は「フフ」っと得意な笑みを浮かべる。普段はあまり感情の起伏を見せない池崎も、高畑を前にするとすぐに怒りの感情が沸点に達する。

「誰がそんなこと言ったんですか? 結婚するつもりはありましたよ。そもそも、いまの僕たちの状況知ってるんですか? 僕の方から距離を置きたいって言ったんですよ。ユウカさんから別れ話なんてできるわけない。選択権はいま僕のこの手の中に握られてるんだ」

池崎は右手の拳をグっと力強く作って見せた。

「それなら、ユウカさんと距離を置きたい君がユウカさんと一緒にいることはないじゃないか。早めに別れたらいいと思うよ」

「別れませんよ。僕たちはいま、未来のために距離をとってるんです。終わりにするためじゃなくて、これからまた始めるためなんですよ。たった一回ユウカさんと関係持ったからって調子に乗らないでください!」

「ははーん、そういうことか。それで距離をね。君知ってたんだ? なら話は早い。君との関係はもう終わりだよ」

「は? あんたにおしまいとか言われる所以はない!」

「池崎くん、なんでユウカさんが君に僕との逢瀬を打ち明けたと思うんだい? それはもちろん、僕と未来をともにしたいからで、過去のこととして忘れたいなら君に話すはずがないだろう。むしろ、隠しておくことなんじゃないのかい?」

「はぁ、まったくユウカさんのことわかってないですね。彼女は始め、僕に嫉妬してほしくて、あなたと会ったことを打ち明けてきました。始めはそれだけだったんです」

「それで?」

「だから……彼女はあなたとの未来なんて考えてないですよ。ただ……僕の勘が良すぎて何か察知しちゃったんですよね。ユウカさん嘘が極端に下手ですから。だからあなたとのことは遊びです!」

「じゃあ問題ないじゃないか。君が話していることが本当なら、二人はまったく問題がない。池崎君はユウカさんのことが好きで、ユウカさんは、僕との関係は遊びだった。それならいままでと何が違うっていうんだい? それなのに、なんで距離をとろうとするんだい。たった一回の遊びくらいで男らしくないやつだな」

「……」

「フッ、どうせこんなとこだろう。君はたった一度のユウカさんの過ちが許せなかった。それでユウカさんを突き放したんだ」

「お前に何がわかる! お前こそ、どういう気持ちでユウカさんを……」

「はは。それはもちろん愛してるし、この先もずっと彼女と一緒にいたいって気持ちで彼女を抱いたよ。僕はすぐにでも彼女と結婚したいと思ってるからね。池崎君が結婚に対してあまり前向きじゃないのは、どうしてなんだい?」

「それは……もっと仕事で成果を出して認められて……階級も上がって……彼女を幸せにできる一人前の男にならないと、と思ったからです」

「池崎くんは思った以上に体裁を気にするんだな」

「それは違います!!」

池崎は、思わず声が大きくなった。廃屋となっている喫茶「ゴールディ」は、2人の男が言い合うだけでもキシキシと音を立てている。高畑は興奮している池崎をしり目に、落ち着いて持論を展開した。

「僕はね、彼女が望むことを望んだタイミングでぜんぶ叶えてあげる。そこに価値があると思うんだよ。本当に彼女を愛してるなら、よくわからない未来のためにいまを犠牲にするなんてできるはずないさ」

ガタッ、

さっきからしていた建屋のラップ音とは明らかに違う音がした。他に誰かいる?

ガタッ。こちらに近づいてくる足音。やがて、その音の出どころを探ると、フロアの奥の廊下から聞こえたとわかった。廊下から響く物音に二人の男の視線は集まる。

「二人のお気持ちは大体わかりました」

そう言って現れたのは、池崎も高畑も見たことのない、20代半ばの爽やかな青年だった。 ぽかんとしている二人に彼は言った。

「どうも。通りすがりの若いものです」

最後に発せられた言葉に、二人は大きく息を飲んだ。

<イラスト:ハセガワシオリ

この連載について

初回を読む
結婚できない2.0〜百鳥ユウカの婚活日記〜

菅沙絵

友人たちが彼女につけたあだ名は「レジェンド・ユウカ」。結婚市場に残された最後の掘り出し物という意味だと説明されたが、たぶん揶揄する意味もある。妥協を知らない彼女が最後にどんな男と結婚をするのか、既婚の友人たちは全員興味深げにユウカさん...もっと読む

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