デビルマンという終わらない物語 ~デビルマンとマジンガーZ ②~

2010年代に入ってウルトラシリーズ、仮面ライダー、ヤマト、ガンダム、あるいは「ベルばら」「ポーの一族」等が次々と40、50周年を迎えている。これらは単に昔のものとしてあるだけでなく現役のコンテンツとして新作が発表され、映像化、舞台化されている。逆算すれば分かるが、大半は1970年代に始まった。1960年に生まれ、アニメ、特撮ものを最初期からTVで見ていた中川右介(作家、編集者)が「リアルタイムの記憶を基にして目撃譚」として描くサブカル勃興史。

記憶を辿りながら書きますが公にするからには、記憶にだけ頼り、間違ったことを書いてはいかないので、改めて調べ事実確認をして書きます。歴史家的視点と当時の少年視聴者・読者としての記憶とを融合させ「読者・視聴者としてサブカル勃興期を体験した者が書く歴史」を提示したいと思います(筆者)。

●『デビルマン』開始

『デビルマン』は「少年マガジン」での永井豪による漫画版が1972年5月発売の25号(6月11日号)から連載が始まり、アニメ版が1972年7月8日に放映開始となった。漫画とアニメは「不動明がデビルマンになる」「不動明と牧村美樹は仲がいい」という点以外は、ほとんどと異なる。何よりも漫画版での最重要人物である飛鳥了がアニメには登場しない。漫画とテレビアニメとが違うことはよくあった。しかしこれほど違う例は珍しい。

1972年7月、僕は小学6年生になっていた。アニメは卒業したとまでは思わなかったが、夢中になって見ていたものは少ない。アニメの『デビルマン』は毎週、いろいろな妖獣と戦う話で、『ウルトラマン』や『仮面ライダー』と基本的には同じ構造の物語なので、すごさは感じず、夢中になって見ていなかった。 一方で相変わらず少年漫画雑誌は読んでいたので、「小学マガジン」での漫画版『デビルマン』こそが、僕にとっての『デビルマン』だった。あの永井豪がこういう本格的なSFを描くのかという驚きとともに読み始め、毎号、先の読めない展開に夢中になっていた。

アニメ版『デビルマン』はドリフターズの裏番組だったので初回の視聴率は6.6%とふるわなかったが、回を追って上昇し、73年1月には15%を超えるまでになった。『デビルマン』は8時半からで、その前の8時からは『人造人間キカイダー』だったので、8時から『キカイダー』を見ていた子はほぼ自動的に『デビルマン』を観るという流れだ。映画の二本立て興行のようなもので、どちらの人気で客が入ったかは厳密にはよく分からないが、この組み合わせはうまくいったと言える。 それなのに、『デビルマン』は当初1年間の予定だったのに9か月で、つまり73年3月で終わってしまった。

●2大SFの同時進行

小説家、漫画家を問わず、大作家の生涯の年譜を見ると、ある数年に傑作が集中しているケースがよくある。永井豪も見事にこのパターンで、生涯を通しての代表作が1972年に集中している。

『デビルマン』の連載が始まった1972年6月、永井豪が抱えていた連載は「少年ジャンプ」の『ハレンチ学園』、「少年サンデー」の『あにまるケダマン』、「少年チャンピオン」の『あばしり一家』の3本だった。 いうまでもなく『ハレンチ学園』は出世作であり、エッチ系ギャグ漫画の名作だ。『あばしり一家』もこの系統の代表作となる。

そして『デビルマン』でSFに挑むわけだが、なんとこの年の10月に『マジンガーZ』も始まるのだ。『デビルマン』スタートの4か月後である。 『マジンガーZ』もアニメが決まってから漫画の連載が決まったものだが、そのアニメの企画自体が永井豪の発案なので、他人が作ったアニメのコミカライズではない。 『デビルマン』と『マジンガーZ』は作品の成立の仕方もよく似ていた。どちらもアニメの制作は東映動画だ。 そして雑誌連載にあたっては、『デビルマン』が『オモライくん』を終わらせて「少年マガジン」で描いたように、『マジンガーZ』は『ハレンチ学園』を終わらせて「少年ジャンプ」に描いた。

『マジンガーZ』はフジテレビ系列の日曜7時からの枠で、72年12月3日からスタートした。かつてTBSで『ウルトラマン』が放映された時間帯で、その前は円谷プロ制作の『ミラーマン』、さらにその前はアニメ『アタックNo.1』が放映されていた。子供向けの番組としては伝統ある枠だ。しかし同時間帯にはTBSが10月から巨大変身ヒーローもの『アイアンキング』を放映していた。 『ミラーマン』と『アイアンキング』の視聴率対決はほぼ互角だったが、『マジンガーZ』が始まると初回から『マジンガーZ』が上回った。

●『マジンガーZ』の新しさ

『マジンガーZ』は巨大ロボットという点では『鉄人28号』の延長にある。しかし、鉄人28号はリモコン機器を操作して動かすのに対し、マジンガーZは主人公が飛び乗って操縦する点が画期的だった。『鉄人28号』のアニメが放映されたのは63年から66年なので、僕はかろうじて知っているが、その下の世代は知らないから、「巨大ロボット」というだけでも新鮮だったかもしれない。

あしゅら男爵という右半身が女、左半身が男というキャラクターも意表をついたし、さらにその背後にDr.ヘルという天才科学者がいるという設定も斬新だった。 アニメ『デビルマン』には熱中しなかった僕でも、『マジンガーZ』は毎週見ていたのだ。 その一方、漫画版では『マジンガーZ』は夢中にはならなかった。

掲載誌が「少年ジャンプ」だったせいもあるだろう。ちょっと軽かったのだ。同じ少年誌でも、72年当時の「マガジン」は高校生から大学生が読者層中心で、下は中学生、上は20代半ばの社会人くらいまであった。一方の「ジャンプ」は小学生が中心だった。僕自身はまだ小学6年生だったが、漫画についてはませていたのだ。

『マジンガーZ』はテレビアニメよりも2か月先行して72年10月に「少年ジャンプ」での連載が始まった。「少年マガジン」には『デビルマン』、「少年チャンピオン」での『あばしり一家』も続いている。しかし「少年サンデー」の『あにまるケダマン』は10月をもって終えた。 永井豪はギャグマンガならば一度に3本でも4本でも描けたが、『デビルマン』は予想以上に時間がかかり、とても4本の連載は無理だとなったのだ。

こうして永井豪は『デビルマン』を最優先にして描いていたが、アニメが3月で終わると決まると「少年マガジン」編集部は漫画版も同時期に終わらせると決めてしまった。この経緯は、永井豪の自伝的漫画である『激マン!』に詳しいが、もともと「少年マガジン」編集部が企画したものではなく、永井豪がテレビアニメが決まっているからと頼み込んだものだった。「そのアニメが終わるのなら、漫画連載も終わりにして、新たなアニメとは関係のない作品を描いてもらおう」となったらしい。

連載終了を告げられたのは73年2月のようで、あと3月いっぱいということはあと2か月もない。すでに漫画版とアニメ版とはまったく別のストーリーとなっていて、漫画版は人間と悪魔との最終決戦という壮大なスケールに発展していた。永井豪としてはあと一年くらいかけて、じっくりと描くつもりだった。 その一年分の構想を2カ月分の枚数に圧縮するのはとても無理なので「どうにかさらに2か月、5月までの延長を」と頼んで受け入れられた。

『デビルマン』のラストスパートに集中するため、人気絶頂の『あばしり一家』の連載も3月で終えた。これで『マジンガーZ』との2本だけになった。 「少年サンデー」と「少年チャンピオン」には、『デビルマン』が終わった後、73年10月から『ドロロンえん魔くん』と『キューティーハニー』を連載する。

●『デビルマン』衝撃のラスト

『激マン!』を読むと、いかに『デビルマン』に思い入れがあったかが、よく分かる。いや、何かに取り憑かれていたとしか思えない。結局『デビルマン』は5月いっぱいでも終わらずに6月までかかるのだが、そのラスト数回は漫画史に残るものとなった。

第47回において、飛鳥了がサタンだったことが分かる。これは永井豪も知らなかったらしい。最初の設定では飛鳥了は脇役にすぎなかった。だからテレビアニメ版には出てこない。それなのにいつまでも生きていて、あるときになって飛鳥了がサタンだったと、永井豪は気づく—こういうことは、物語作家には、ごくまれに生じる。

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