新型”追い出し部屋”も登場
再就職ミドルの悲哀と決断
3月某日、大手電機メーカーの開発部門に勤務する竹山浩さん(仮名・40代)のところに、人事部から1本の内線電話が入った。用件は、人材サービス会社が主催する「キャリアチェンジセミナー」研修への参加要請だった。軽い気持ちで研修会場へ行ってみると、部署は違うが、同じ会社の社員が集められていた。その中には、社内でも“穀(ごく)つぶし”として知られている人や、心身の調子を崩し、仕事に支障が出ている人も含まれていた。
研修内容は、「第二のキャリア設計への手引き」。過去の仕事を振り返り、自身のスキルを分析する。要は、キャリアチェンジ研修とは名ばかりで、体のいい退職勧奨プログラムだった。研修が終わるころには、「このまま会社に残っても、自分の居場所はない」と、気持ちの整理がついていた。
退職の意思を伝えると、手続きは面白いほど簡単に済んだ。竹山さんが勤めてきた大手電機メーカーの場合、法人契約を結んでいる再就職支援会社3社のうちの1社を選べば、再就職の手伝いをしてくれるシステムになっている。竹山さんの転職活動は始まったばかりだ。
ある製薬会社による“肩たたき”は、いささか手が込んでいる。製薬会社の男性MR(医療情報担当者)の本田秀樹さん(仮名・50代)は年収1000万円を稼ぐ、そこそこの営業マンだった。

青天の霹靂だった。ある1本の辞令によって、天から地へ。某県「××動物園」への出向を命ず──。
動物が間近で見られると評判の、人気のアミューズメント施設の事務職員として、出向を命じられた瞬間だ。社会人生活30年、医療業界にどっぷりと漬かり、ドブ板営業で医師をくまなく訪問し、薬の納入ルートを開拓してきた。動物園は、その経験を生かせる土俵ではないし、仕事らしい仕事などない。ただ、不思議なことに、年収1000万円を維持できている。
実は、これも企業の退職勧奨プログラムの一種である。カラクリはこうだ。
動物園事務職員の年収は300万円で、これは動物園の運営者から支払われる。本田さんの年収1000万円との差額700万円は製薬会社が支払う。製薬会社は人材サービス会社に“出向支援フィー”も支払っている。数年間はこの体制を続けて、本田さんが出向先でやっていけるようになったら、会社から切り離す予定だ。都合700万円以上のコストをかけてまで、複雑な退職勧奨プログラムを実行している理由は単純だ。ある製薬会社OBは言う。
「余剰人員を早期に一掃したい。そのためのキャッシュもある。だが、希望退職を募集したというネガティブなレッテルを貼られることは避けたい」──。
見方を変えれば、静かに退職を強要する“追い出し部屋”の派生形でもある。
リストラ対象が“本丸”へ
ついに始まった人余り
今、ミドル世代(一般的には、30代後半~54歳)の再就職市場が活性化している。転職を検討しているミドルの属性は、大まかには次の三つに分類される。
エレクトロニクス産業など、「企業の業績悪化が発端で雇用調整の憂き目に遭った人」、金融機関や百貨店、製薬会社のように、「企業の統廃合によって余剰人員となった人」、そして、「日常的に離職率の高い流通・サービス業の転職組」だ。
再就職市場に流れた人材の「量」では、エレクトロニクスのリストラ人員が圧倒的に多い。中でも、大手半導体ルネサスエレクトロニクス、パナソニック、シャープの出身者が目立つ。職種は、生産ライン従事者と機器の開発エンジニアがほとんどだ。
今、再就職市場では“従来、動かなかった人”が移動している。振り返れば、2000年代前半にも雇用調整局面があったが、調整の対象は、製造業の生産要員、海外要員が主流だった。だが、「今回は純粋なホワイトカラーが放出されている。つまり、“本丸(本社)”にもメスが入っている」(再就職支援会社幹部)のだ。そのため、候補者当人も「まさか自分が対象となるなんて……」とうなだれるケースも少なくない。東京電力や日本航空といった、長期雇用が前提だった企業からの人材流出もある。
企業の懐事情の厳しさが、人件費抑制へ走らせる側面もある。もはや、役職定年や子会社出向といったやり方では余剰人員を吐き出し切れず、再就職市場へ流出したのだ。しかも、「リーマンショック時の割り増し退職金は36カ月分だった。10年前後に24カ月となり、今は12カ月というのが相場だ」(別の再就職支援会社幹部)と退職時の条件も年々悪くなっている。ついに、“人余り”が現実のものとなりつつある。
雇用問題の核心は
若年層からミドルへ

左の表は、ミドル世代の転職事例を列挙したものだ。10人のうち、転職後に年収が上がったのは3人のみ。年収が500万円も下がった人もいる。インテリジェンスの大浦征也・キャリアコンサルティング統括部長は、「年収減を許容できなければ、転職活動が長期化するリスクがある」と指摘する。
転職活動期間は短い人で1.5カ月、長い人は6カ月になっている。ここで掲載したのは転職成功者である。年収などで妥協しなかった人はズルズルと市場価値を下げ、職にあぶれる場合もあるのだ。「早晩、80歳総勤労時代が到来する」というのは、大久保幸夫・リクルート ワークス研究所長。
現在、年金の支給開始年齢は65歳だが、すでに厚生労働省は70歳開始に向けてスキームづくりに動いている。それでもなお社会保障費が足りない可能性は十分にある。健康な人は生涯現役で働くつもりでいたほうがいい。仮に80歳まで働くとすれば、50歳という年齢は、社会人生活でまだ“折り返し地点”にすぎない。向こう30年のキャリア設計を構築しなければならないのだ。
1970年代のように「55歳定年」時代ならば、50歳の人は、定年までの5年間を“ロスタイム”として、惰性で過ごせばよかったかもしれない。だが、30年という時間はあまりに長い。もはや逃げ切り世代など存在しないのだ。かねて、大久保所長が指摘してきたように、「日本の雇用問題の核心は、若年層からミドル世代に移りつつある」。本記事では、今後、いかにして仕事が奪われていくのかをレポートする。また、火蓋が切られた「仕事争奪戦」で生き残るための処方箋についても取り上げていく。