柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第21回

レトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」。社長の灰江田直樹とプログラマーの白野高義(コーギー)は、ファミコン時代の名作「UGOコレクション」全十本の移植という大きな依頼を受ける。ただ、実現には大きな障害があった。それは最後のゲーム「Aホークツイン」の権利だけを買い取った、開発者の赤瀬裕吾が行方不明であること。問題解決に奔走する中、灰江田は、レトロゲーム業界に進んだ自分自身の人生を振り返る。
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──過去にとらわれた負け犬。大人になりきれていない子供。
橘(たちばな)に言われた言葉が頭をよぎる。
 自分はなぜ過去のゲームを再生し続けるのか。
 理由の一つは、自らの手で、ものを作る才能がなかったからだ。大学の頃、こっそりと試したプログラミング。才能とは、継続して努力できることだと知る。灰江田にとってプログラミングは苦痛でしかなかった。もう一つの理由は橘が言ったとおり、過去にとらわれているからだ。
 灰江田はまどろみの中、思い出す。小学生の頃に見たファミコン情報誌の記事。そこには一人のゲームクリエイターのインタビューが載っていた。
「私は、石を湖に投げ込みたいんです」
「それは、どういうことですか」
「この石は、私の場合はゲームソフトです」
「湖は」
「子供たちです。私は、彼らの創意工夫の素晴らしさを知り、可能性を信じるようになりました。私が作るゲームは、彼らになにかを響かせるためのものなんです。湖に生じた波紋は大きく広がり、新しいなにかを生み出します」
 石を湖に投げる。その記事は、灰江田の心の奥底に眠っていた。
 なぜいま、その記事の記憶が蘇ったのか。記事には写真が掲載されていた。インタビュアーの姿、クリエイターの姿。そうした写真の中に、写っているものがあった。
 折り紙。
 鶴や犬や象。猫や狐やライオンもあった。たった一枚の紙から、想像力だけで動物を生み出す技術。それはデジタルの羅列から、子供たちを興奮させるゲームを創造する行為に似ている。
 写真。
 灰江田は、夢とうつつの狭間で、静枝(しずえ)が持ってきたアルバムを思い出す。赤子の布団を囲む、無数の折り紙の動物たち。その横に座る人物は、どこかで見たことのある顔だった。灰江田の記憶が繋がる。雑誌に載っていたクリエイターは、UGO(ユーゴー)という名前だった。UGOは、赤瀬裕吾(あかせゆうご)が取材のときに使ったニックネームの一つだ。子供時代、何度も遊んだゲームの作者。赤瀬は、灰江田に影響を与えた人間の一人だった。
 彼は石を投げた。その波紋は世界に広がった。反射し、重なり合い、波はまだ続いている。自分も、そうした小さな波の一つなのだ。赤瀬に影響を受けて、この業界にいる。過去に留まり続けている自分は、静枝と同じように赤瀬に会うべきなのだ。

 朝日が、窓のカーテンの隙間から漏れ込んでくる。灰江田はわずかに目を開き、秋の日差しに顔を向ける。夢を見ていた。はるか遠い昔の夢だ。三十年近い過去。遠い時間の向こうにある風景。ドットの絵。ピコピコした音楽。ブラウン管のテレビ。長方形のコントローラー。灰江田は、布団の上で身を起こす。
「赤瀬裕吾」
 その名前を、様々な思いを交えながら口にする。ゲームクリエイター。一児の父。離婚した男。行方の分からない人間。灰江田は静枝の顔を思い出す。物心つく前に離ればなれになった親子。その娘の側から、父に歩み寄ろうとしている。彼女は父に会おうとしている。
 自分も両親の離婚を経験している。借金をして店を潰し、債権者に追われることになった父。寒い冬の日に別れたあと、ふたたび会うことはなかった。自分は父を探すべきだったのだろう。大人になるために、自分のルーツと向き合うべきだったのだ。
 静枝は、結婚して新しい人生に踏み出そうとしている。そのために子供時代を清算しようとしている。
「大人になれなかった人間として、大人になろうとしている人間を手助けしないとな」
 是が非でも二人を会わせてやりたかった。それは自分自身のためでもあった。
「ちょっと、相談に行くか」
 灰江田はスーツを着て、ある場所に向かうことにした。

 東京と横浜を結ぶ東横線。その沿線の横浜寄りには坂が多い。低所の平地は、かつての川岸で地盤が軟らかく、駅を中心に商業地区になっている。その周辺にはアパートやマンション、住宅地が広がっている。対して高所は、浸食で残された固い地盤であり、大きな屋敷が建っている。住人は車を二台、三台と持ち、それらを利用して優雅に移動している。
 木曜日の午前中。灰江田は坂をのぼり、高台の訪問先に向かっている。季節は秋だが、歩き続ければ汗がにじむ。周囲はゆるやかに高級住宅に変わっていく。
 塀に沿って道をたどり、門の前に着いた。インターホンを押して来訪を告げる。頑固そうな老人の声が、スピーカー越しに聞こえてきた。灰江田は門を開けて中に入る。飛び石を渡り、玄関まで行く。静かな廊下を抜け、部屋の戸を開けた。
「おうっ、灰江田か」
 座卓に向かい、初代ゲームボーイで遊んでいた老人が顔を上げる。ごま塩頭に鋭い眼光。着物姿で、腕や首には筋肉がついている。隠居して運動に割ける時間ができたせいか、社長時代よりも体が引き締まっている。腕っ節の強さは最盛期ほどではないが衰えていない。
 鬼瓦源吉(おにがわらげんきち)、六十七歳。記憶力は抜群。これまで会った人の顔と名前を、ほとんど覚えている。業界の生き字引。戦後の復興期に生まれ、高校卒業後、事務用品の販売から会社を始め、コンピューターの隆盛に目をつけて、ゲーム業界黎明期に参入した。
「お邪魔します。鍵ぐらいかけた方がいいですよ、おやっさん」
「いいんだよ。どうせ、知っている奴しか来ねえんだから」
「いや、知らない人が来たときに困るでしょうに」
 鬼瓦は、ちらりと床の間を見る。日本刀が飾られている。やれやれ、この人は。そう思いながら、灰江田は座卓をはさんで鬼瓦の前に腰を下ろした。
「相変わらず、もらい物が多いみたいですね」
「みんな勝手に置いていくんだよ」
「そりゃあ手土産もなしに来にくいでしょうから」
「同じものを何個ももらってもなあ。倉庫がいくつあっても足らんよ、まったく」
 灰江田は部屋の隅に視線を向ける。メガドライブやPCエンジンの箱があった。それだけでなく、古いゲーム機やソフトの箱が積み重なっている。
「実におやっさん向きじゃないですか」
「そうだがな、ものには限度がある。こうなると消え物の方が、ありがたいんだがな」
 面倒くさそうに鬼瓦はため息を吐く。ゲーム会社の元社長、名の知れたレトロゲームのコレクター、業界の有名人──。そうした鬼瓦の家には、業界の人間がちょくちょく来る。彼の人脈を頼り、人に会う仲介を依頼するためだ。
「つまらないものですが」
「中身は」

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新潮社
2018-05-18

この連載について

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柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

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ruten cakesで小説『レトロゲームファクトリー』連載21話目公開されました。レトロゲーム移植会社のお話です。最新話→ https://t.co/pco3Fipy7o 連載まとめ→ https://t.co/PKcROjtBSQ… https://t.co/plnjllFXkx 4ヶ月前 replyretweetfavorite