警察官も「警察小説」で現場を学ぶ!? /今野敏×吉川英梨

この夏もテレビで刑事の姿を見ない日がないほど、刑事ドラマが人気を博している。一方、不況と言われる出版業界でも、警察小説の売れ行きは好調だ。女性には珍しい警察小説の新旗手として活躍する吉川英梨さんが、警察小説の先達として憧れるのは、『隠蔽捜査』で数々の文学賞を受賞した今野敏さん。この対談では、一見、難解と思われる「警察小説」の取材から書き方まで、その創作現場に迫ります。(聞き手:中村優子、企画・構成:アップルシード・エージェンシー

30年前は『鬼平犯科帳』が「警察小説」だった!

—今回の対談は、吉川さんが、ぜひ今野さんと警察小説についてお話したいということで実現しました。

吉川英梨さん(以下敬称略) 一面識もない後輩との対談をお引き受けいただき、ありがとうございます。実は、最初に白状しますと、私にとって警察小説という分野で活躍する今野先生は憧れの存在ではあったのですが、これまでご本をたくさん読むのは避けてきました。というのも、警察小説を書き始めたときに、今野先生の『隠蔽捜査』(※)を読んで、警察組織内部のことや人間関係などがあまりにもリアルに描かれていて、「どこまでが事実で、どこまでがフィクションなのだろう」と驚いたからです。創作された部分を事実だと思い込んで、うっかり自分の作品に反映してはマズいと思いました。

※『隠蔽捜査』……警察庁長官官房でマスコミ担当の主人公・竜崎が、警察組織を揺るがす連続殺人事件の解決に挑む。警察キャリアの葛藤を描いて「警察小説」の歴史を変えた、吉川英治文学新人賞受賞作。

今野敏さん(以下敬称略) いや、読まなくてもいいですよ(笑)たいがいウソですから。警察マニアではないし、現場への取材もあまりしていない。そういう意味では、参考にはならんですよ、私のは。

吉川 そうだったんですか(笑)めちゃくちゃ面白くて、夢中になってもうたくさん読んでしまいました。

—今年、デビュー40周年を迎えられる今野さんですが、いつ頃から警察小説をお書きになっているのでしょうか。

今野 1988年—デビューして10年経った頃に、「安積班シリーズ」の第1作となる『東京ベイエリア分署(※)を書きました。ずっと警察小説を書きたかったのだけど、当時は日本では誰も書いていませんでした。誰も書いていないってことは、売れるかどうか分からないから、編集者が嫌がる。僕はあまり売れていなかったので、「今野敏自体売れていないのに、それが売れてないジャンル書いてもしようがねえだろ」っていう。どこも書かせてくれなかったんですけど、ありがたいことに大陸書房という出版社が「いいよ」と言ってくれた。そんなこと言う会社はつぶれちゃうんじゃないかと心配していたら、本当につぶれましたけれど(笑)

※安積班シリーズ……その後、現在まで18作品が発表される人気シリーズとなり、TBS系『ハンチョウ~警視庁安積班~』(主演:佐々木蔵之介)としてドラマ化している。

吉川 ちょうど30年前ですよね。その頃、今のような「警察小説」はなかったんでしょうか。

今野 僕は、海外小説をよく読んでいたのだけど、文春文庫から出ていたコリン・ウィルコックスの「フランク・ヘイスティングス警部シリーズ」やスウェーデンのマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー夫婦の「刑事マルティン・ベックシリーズ」など、警察ものが大好きでした。日本に同じような警察小説はなかったんですが、ただ、池波正太郎の『鬼平犯科帳』があった。実は、この構造はエド・マクベインの「87分署シリーズ」と非常によく似ている。日本の読者はそれに満足していて、わざわざ現代小説で読みたいと思っていなかったんじゃないのかな。あと、もちろん、『太陽にほえろ』など国内外の刑事ドラマも大好きでした。

吉川 今野先生の作品は、警察組織に生きる人間の姿を本当にリアルに描いていらっしゃるので、非現実的なところがある刑事ドラマがお好きだったというのは、少し意外です。

今野 いやいや、刑事ドラマでも、海外の『刑事コジャック』や『アイアンサイド』などは、ちゃんとした犯罪捜査ドラマですし、上司部下の関係性などもきっちりと描いていますよ。『刑事コロンボ』は、刑事とはいえ、探偵ものといっていいですけど(笑)そういう刑事ドラマから入ったので、警察小説を読むようになったのはプロになってからですね。

吉川 私も、宝島社のラブストーリー大賞からデビュー(※)して、東映で『相棒』を手がけているプロデューサーからの勧めで刑事ドラマを書くようになるまでは、警察に強い興味があるわけではなかった。今は、大好きですけど。

※吉川さんは2008年に『私の結婚に関する予言38』で、第3回日本ラブストーリー大賞エンタテイメント特別賞を受賞してデビューする。

今野 「警察官」好きじゃないよね?

吉川 いえ、警察官も大好きです(笑)

警察官は、意外と警察のことを知らない?

—警察小説というと、取材が大変というイメージがあります。

吉川 私は、親戚や知り合いに警察官がたくさんいるんです。というと、なんでも取材できると思われるかもしれないですけど、あまり質問すると嫌がられます。

今野 そうそう、警察の人ってほんとしゃべってくれないんですよね。やっぱり公務員ですから、変なことをしゃべるとやばいんでしょうね。

吉川 今野先生は、さきほど取材はあまりされないとおっしゃっていたのですが……。

今野 そんなにしないですよ。ただ、書くときにはどうしても調べなきゃいけないので、もちろん話を聞くには聞きます。でも、我々が思っている以上に、現職の人も警察組織全体のことはよく知らないんです。自分が所属する部署や仕事のことはもちろん分かっているけど、それ以外のことや上のほうのことなんか全然知らない。

吉川 そうですよね。だから、いろんな人に聞くと、答えが千差万別だったりします。例えば、警視庁のことを「本庁ですよね」と訊くと、「いや、本部だ」と言い張る人もいるんです。

今野 僕も警視庁だと思っていました。「本庁」って「本部庁舎」の略ですよね。

吉川 でも、その人は「本庁」は「警察庁」のことだと言うんですよね。

今野 そういえば、吉川さん、「帳場」って使ってますよね。でも、僕はある人から「あれは関西の言葉だ」と聞かされて、それ以来、使わないようにしているんですよ。

吉川 じゃあ、私も使わないようにしなきゃ。じゃあ、「帳場」ではなく「捜査本部」ですね。

—警察に取材をするときは、どうやってするんですか。

吉川 警視庁に取材を申し込んだことがあるのですが、大した内容でなくても、いちいち企画書を出さないといけないんです。一般向けの見学では何も見せてくれない(笑)

今野 僕も2回行ったことあるけど、「通信指令室に行きますか」と聞かれて、「はい、行きます」って通信指令室を見学して終わりとか、そんな感じでした(笑)

吉川 私が見学に行ったときは、同じグループに警視庁に入りたいという女の子がいたんです。その子が質問すると丁寧に答えるのに、私が質問すると「ああ、ちょっと待ってて」と邪険にされて(笑)

今野 そうだ、僕は何代か前の警視総監に会ったことがあるんですよ。

一同 ええ!!

今野 ところが、会いに行ったら、「いや、実は今野さんには前に会ったことありまして」と。僕はずっと空手をやっているんですが、どうやら道場の先生のところで会っていたようなんです。

吉川 すごい。

今野 警察じゃなくて記者クラブの連中と仲良くしていると、いろいろ教えてくれますよ。ぜひ記者を見つけて、一度、記者クラブを案内してもらったほうがいい。

吉川 そうなんですね。

今野 そういう記者や空手関係者のつながりで、広島県警に空手の弟子がいたりとか、警察にちょくちょく知り合いはいますね。キャリアの人ばっかりで現場の人はそんなにいないけど。ただ、以前、警察大学校での部長研修で500人位の前でしゃべったことがあるんですけど、それに参加した三重県警の方から「私は、今野先生の小説を読んで、警視庁ってすごいと思っています」と言われたことも(笑)本当に知らないんですよね。


取材しても分からないことは「それらしく描く

今野 吉川さんの「新東京水上警察シリーズ(※)」、面白かったですよ。俺もベイエリア分署が舞台のときなど、水上警察は何度か書いているんですけど、それこそ船は取材が大変。吉川さん、よく書いてるなって。

※新東京水上警察シリーズ……2016年から始まった、東京オリンピックのために新設された水上警察署を舞台に、熱血刑事・碇拓真が事件解決に挑むシリーズ。2018年8月に第4作『海底の道化師』が出版された。

吉川 船の構造や動きは描写するのが難しくて、何度書きなおしても、編集者さんから「分からない」って言われて。もう船を登場させるの、やめようかと思ってます(笑)

今野 やめたほうがいいよ(笑)船は、船に乗ってる人しか書けないよ。俺はなぜ書けたかっていうと、ちょっとだけだけど、ダイビングをやるんでね。

吉川 2、3回乗っただけじゃ、とても分からない。行くたびに海って性格が変わるので、同じ時期に来ているはずなのに、水の色すら全然違うんです。

今野 俺、<緊急事態に取舵を切った>という描写をしたら、北方謙三になおされたことがあるよ。「緊急時は面舵なんだ」って言われて、「すいません」って。あの人、船長だから(笑)

吉川 難しいですよね。船というと、海上保安庁はよく取材を受けてくれますよね。

今野 俺も海上保安庁の船には乗りましたよ。取材を申し込んだら、ちょっと横浜から横須賀に行くまでで良ければと、全長50m級の船に乗っけてくれた。

吉川 警視庁とは違うんですよね(笑)

今野 取材しないと言いつつ、俺、結構してますね。だけど、警察小説を書き始めた頃は、本当に何の伝手もなかったので、間違ったことをいっぱい書いてたと思いますよ。

吉川 私なんて、今でも間違っているかもしれません。日々、勉強です。

今野 分からないことはごまかして、それらしく描けばいいんですよ(笑)

(次回は8月7日(火) 更新予定)


今野敏(こんの・びん) 1955年、北海道三笠市生まれ。78年「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞しデビュー。以降旺盛な創作活動を続け、執筆範囲は、警察・サスペンス・アクション・伝奇・SF小説など、幅広い。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学賞、08年には『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞、17年には「隠蔽捜査シリーズ」で吉川英治文庫賞を受賞した。空手の源流を追及する「空手道今野塾」を主宰する。2018年5月にデビュー40周年を迎え、出版社を横断した様々な企画が進行中。
今野敏の軌跡~作家生活40周年~ :@konno_bin_40th
Twitter:@konno_b


吉川英梨(よしかわ・えり)1977年、埼玉県生まれ。米テンプル大学日本校教養学部政治学科中退。出版社に勤務したのち、アメリカへの語学留学、インドでの国際協力活動を経て帰国。2008年に『私の結婚に関する予言38』で第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞しデビュー。著書に「女性秘匿捜査官・原麻希シリーズ」、「新東京水上警察シリーズ」、「警視庁53教場シリーズ」、「十三階シリーズ」、『ハイエナ』や『葬送学者R.I.P.』などがあり、警察小説の新旗手として注目を集めている。
Twitter:@yoshikawaeri


警察庁公安秘密組織「十三階」に所属する孤高の女刑事・黒江律子が、地下鉄テロを起こした新興宗教団体をぶっ壊す! 公安vs教祖、待ち受ける衝撃のラストが、あなたを二度絶望させる究極のスパイサスペンス。

十三階の神

吉川 英梨
双葉社
2018-07-18

この連載について

警察官も読んでいる「警察小説家」対談 今野敏×吉川英梨

吉川英梨

『相棒』に『絶対零度』、『刑事7人』、『遺留捜査』など、この夏もテレビで刑事の姿を見ない日がないほど、刑事ドラマが人気を博している。一方、不況と言われる出版業界でも、シリーズものの警察小説は気を吐き売れ行きは好調だ。女性には珍しい警察...もっと読む

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kodanshabunko 新刊『海底の道化師 新東京水上警察』が好調の美人女流作家・吉川英梨氏、 警察小説の大先輩、今野敏氏と熱く語る対談がcakesで掲載中です! https://t.co/W12vFyiCgd 約2年前 replyretweetfavorite

shousetsusuiri 7月に「十三階の神(メシア)」(1400円+税)が発売となった吉川英梨さん。警察小説作家の大先輩・今野敏さんと「cakes」で対談しております。是非ごらんください。https://t.co/KIkpjYwPIX 約2年前 replyretweetfavorite

hi_lite_smoker 警察小説の取材やスラングの話などなかなか興味深い内容だった。 約2年前 replyretweetfavorite

tadaageba 吉川英梨、今野敏氏とインタビューです。現在、「十三階の神」が絶讃発売中。彼女の警察小説は本当に面白い。まだまだ伸びます。 https://t.co/8y2sS4G5P1 https://t.co/8y2sS4G5P1 約2年前 replyretweetfavorite