常識を超えた山小屋の世界

昨年までの10年間、山小屋で働いていた山ガールならぬ小屋ガールの吉玉サキさん。山小屋スタッフの人間模様や働き方、悩み、恋などをつづった1話完結のエッセイです。
今回ははじめて山小屋を訪れたときのこと。山に興味のない方にも是非どうぞ。

山小屋バイトで、はじめての本格登山

23歳のとき、はじめて山小屋のバイトに応募し、採用された。

私は7月~9月の3ヶ月間、山小屋に住み込んで働くことになった。営業期間はもっと長いのだが、もしも仕事や人間関係が辛かったら……と思うと怖くて、とりあえず短期でやってみることにした。

私は山小屋に行ったことがなかった。

それどころか、本格的な登山をしたことすらなかった。

しかし、山小屋で働くためには、当然のことながら小屋まで歩かなければいけない。

たまに「スタッフさんはヘリで来るんでしょ?」と言うお客様がいるが、そんなわけはない。ヘリはとんでもなくお金がかかるので、全員がヘリで上山していたら人件費が莫大になってしまう(小屋によっては、春山の入山時のみヘリを使う)。

そんなわけで、私は一人で北アルプスを登ることになった。

しかし、不安はなかった。

私にとって、登山といえば「登山遠足」。生まれ育った札幌市には、藻岩山という標高も難易度も高尾山くらいの山があり、小学生の頃は毎年、遠足で藻岩山に登っていた。

私は登山遠足で疲れたことがなかった。バレーボールをやっていて体力がそこそこあったからだろう。「もう歩けない~」と弱音を吐く友人を見て、「なんで?」と思っていた。

そのイメージがあったので、北アルプスも大丈夫だろう、と思ったのだ。

今思えば、とんでもないおバカさんだ。

これから登る山は藻岩山5個分。

なぜ、「大丈夫」と思えたのだろう?


見知らぬおじさんと山登り

登山をする前から、すでに驚きの連続だった。

登山口までは電車とバスを乗り継いでいくのだが、電車を降りたら、駅に自動改札がなかった。札幌と東京でしか暮らしたことのない私は、「自動改札のない駅」をテレビや本でしか見たことがなく、早くも日常とのギャップを感じる。

さらに、駅からバスに揺られていると、早々に携帯の電波が途絶えて驚く。

バスを降りると、7月とは思えないほど肌寒くて驚く。もう、登山を始める前から驚いてばかりだ。

登山口には私しかいなかった。山は薄暗く、空気がひんやりとしている。

登り始めると、道は想像していたよりもずっと険しい。

呼吸が荒くなる。誰もいない山はあまりにも静かで、自分の呼吸音がやたらと響いた。葉擦れの音が聞こえるたび、ビクッと立ち止まる。熊だったらどうしよう。

あまりに人間がいないので、だんだんと、本当にこの道で合っているのか不安になってきた。

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小屋ガール通信

吉玉サキ

第2回cakesクリエイターコンテスト受賞作! 新卒で入った会社を数ヶ月で辞めてニート状態になり、自分のことを「社会不適合者」と思っていた23歳の女性が向かった新天地は山小屋のアルバイト。それまで一度も本格的な登山をしたことのなかった...もっと読む

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コメント

saki_yoshidama 山小屋バイト初日、登山道で会った知らないおじさんからいきなり重い相談をされた話。 明日は第3話が公開です! https://t.co/pMP2CBYdMp 8ヶ月前 replyretweetfavorite

nogyuwo https://t.co/5po8px3gI7 8ヶ月前 replyretweetfavorite

yoshnor やっぱりおもしろいなぁ。別世界すぎるし新鮮なきもちがサクサク刺さってくる > 8ヶ月前 replyretweetfavorite

saki_yoshidama 第2話は書き下ろしです。はじめて山小屋に行った日のことと、山小屋で働くようになってビックリしたこと。 8ヶ月前 replyretweetfavorite