うれしさを「思っていたより買取額が高かった時のようにうれしい」とたとえる

エッセイが大学入試に使われるなど、確かな文章力に定評がある作家せきしろ。また、数々の芸人にコント脚本を提供するなど、圧倒的なユーモアを生み出す表現力の秘密は「たとえ」にあった――。ニヤリと笑えて切なくなって、意外と学べる、かもしれない。数々のたとえを見ているだけで、発想が自由になる 『たとえる技術』の一部を公開します。

たとえないより、たとえたほうがいい理由

喜びをうまく表現できないという人はいないだろうか?
実は私もそのひとりである。素直に表現している人を見るたび、いつも羨ましくなる。

例えば、プレゼントをもらう。うれしい。うれしいのだが、うまく表現できない。「うれしい」と口に出しても、相手にうまく伝わらない。「この人、本当にそう思っているのか?」と思われるのがオチだ。

そこで動作を取り入れてみたこともある。オーバーアクションを交えて「うれしい」と言ってみるが、今度はわざとらしくなってしまう。「もっと自然にやらなければ……」と意識すればするほど、よりぎこちなくなってしまう。慣れないことはすべきではない。

それならばやはり言葉で伝えるほうが良い。「うれしい」だけではこちらの気持ちをうまく伝えられないのならば、何か言葉を付けてうれしさをアップさせてみる。

とてもうれしい

凄くうれしい

大変うれしい

尋常ではないほどうれしい

夢かと思うほどうれしい

死ぬほどうれしい

「とても」「凄く」「大変」はどこか子どもっぽさを感じさせる。
あなたが子どもならば構わないが、そうでないのなら使わないほうが無難だ。

「尋常ではない」「夢かと思うほど」「死ぬほど」になると今度は大げさになってしまい、信ぴょう性に欠ける。相手に気持ちが伝わることはない。
「ふざけてるのか!」と怒らせてしまう可能性すらある。


ではどうするか。たとえである。うれしさをたとえてみるのだ。


「この犬、他の人に懐くこと滅多にないのよ」と言われた時のようにうれしい

最後の期末テストが終わった時のようにうれしい

思っていたより買取額が高かった時のようにうれしい

大浴場に自分ひとりだけのようにうれしい

二度寝してもオッケーな時間だった時のようにうれしい


たとえが感情の輪郭を明確にし、うれしさを鮮明にしてくれる。

「『この犬、他の人に懐くこと滅多にないのよ』と言われた時のようにうれしいです!」
「なるほど! 自分が特別な存在になったようにうれしいんだな!」

このように相手とうれしさが共有される。
たとえは感情を出すことが苦手な人のサポートもしてくれるのだ。


また、友人がかなり落ち込んでいる時。あなたは友人を励まそうとする。
どんな言葉が最適だろうか。

ただ単に「大丈夫だ」と言っても、相手は「ありがとうございます」と感謝の言葉を口にするだろうが、それは明らかに上辺だけのもので、落ち込み具合に何の影響もない。しかも「大丈夫だ」なる言葉はちょっと言い方を間違えると志村けんのようになってしまって相手を怒らせてしまう。かといって、「いつまでもくよくよするなよ!」と強めに言うのも逆効果になる可能性がある。

「気にするな。たいしたことないよ」これも同じこと。ただの慰めにしか聞こえない。

ならば励ますことは不可能なのか。「私は人を励ますことができない人間なのだ」と今度はあなたが落ち込む。それを見た他の誰かがあなたを励まそうとする。しかしその人も励ますことができずに落ち込んでしまう。落ち込みの連鎖が延々と続いていく……。

そんな流れを断ち切るためにたとえがある。
たとえを使ってたいしたことなさを説明し、励ますのだ。


CDの再生に問題のない小さな傷のようにたいしたことない

洗濯したズボンのポケットの中に固まったティッシュを見つけた時のようにたいしたことない

会計の時伝票をテーブルに忘れたようにたいしたことない

一瞬だけ外に出る時に母親のサンダルを履いたようにたいしたことない

カップ麺の「お召し上がりの直前に入れてください」と書いてあるスープを先に入れてしまったようにたいしたことない


「気にするな。CDの再生に問題のない小さな傷のようにたいしたことない」

「たしかに再生に問題ないならたいしたことじゃないか。レンタルCDなんて結構傷だらけだけど問題ない。そうか、たいしたことないな!」

 こうして「たいしたことなさ」が共有され、ミスがちっぽけなものに思えてくる。いつまでもくよくよしているのが恥ずかしくなり、馬鹿らしくなるはずだ。

芥川賞・直木賞作家が思わず嫉妬する表現力の秘密。見ているだけで発想が飛躍する、たとえ名文の数々。

たとえる技術

せきしろ
文響社
2016-10-12

この連載について

たとえる技術』

せきしろ

エッセイが大学入試に使われるなど、確かな文章力に定評がある作家せきしろ。また、数々の芸人にコント脚本を提供するなど、圧倒的なユーモアを生み出す表現力の秘密は「たとえ」にあった――。ニヤリと笑えて切なくなって、意外と学べる、かもしれない...もっと読む

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コメント

atm_02 いいね。 1年以上前 replyretweetfavorite

moja0001 食べログぐらい参考になった記事… まだまだ例えるのが下手くそだな、ぼくは…w 1年以上前 replyretweetfavorite