柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第20回

レトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」。社長の灰江田直樹とプログラマーの白野高義(コーギー)は、ファミコン時代の名作「UGOコレクション」全十本の移植という大きな依頼を受ける。ただ、実現には大きな障害があった。それは最後のゲーム「Aホークツイン」の権利だけを買い取った、開発者の赤瀬裕吾が行方不明であること。問題解決に奔走する中、灰江田は、レトロゲーム業界に進んだ自分自身の人生を振り返る。
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 部屋にたどり着いた。六畳一間のフローリング。飲み過ぎた。少しでもアルコールを薄めようと、コップに水を入れて飲み干した。
 灰江田はスーツを脱いで壁にかける。自分の人生が綱渡りであることは知っている。レトロゲームの仕事など、何十年も続けられるものではない。周囲の人たちは未来に向かっているのに、自分だけが過去を向いている。それぞれの心の位置は、年を取るごとに離れていく。
 なぜ、こうした仕事をしているのか。
 どうして、昔を振り返り続けるのか。
 自身で開発する技術はない。取ってきた仕事を、技術を持つ人間に回して利ざやを稼いでいる。自分の存在意義はなんなのか。この世界にいる意味はあるのか。そして現状。
 コーギーは、よくやってくれている。そのコーギーに十分に報いることができず、不甲斐ないと思っている。そろそろ限界かもしれない。潮時という言葉が頭に浮かぶ。この仕事が成功しなければ会社を畳むべきだ。
 思考が緩慢になっていく。酒が頭の回転を鈍くしていく。睡魔が灰江田の手を取り、子守歌を唱え始める。今日はもう寝よう。灰江田は布団に潜り込み、夢の世界に落ちていった。

 夢の中、記憶は過去に遡る。都心から少し外れた関東の町。JRの駅前には商店街が広がっている。入り口には、道を覆う門があり、赤地に黄色の文字で街の名前が書いてある。門を抜け、店のあいだを歩いていくと一軒のおもちゃ屋が見つかる。一階が店舗で、二階が住居。茶色のタイルで囲まれた建物には、灰江田玩具店の看板がある。灰江田直(なお)樹(き)は、その店の一人息子として生まれた。
 灰江田が幼い頃、店内は活気にあふれていた。入り口付近には、昔ながらのアナログ玩具。奥にはガラスケースに収まった電子機器。ファミコン本体やそのソフト。ホビーパソコンも少数だがあった。そうした棚の端には試遊コーナーも用意していた。
 試遊コーナーでは、売れ筋の最新ソフトが無料で遊べる。一人一回三分まで、砂時計で時間を計る。灰江田は、客の子供たちにまじって列に並んだ。前の人のプレイを引き継ぎ、ゲームオーバーにならないように、次の人にコントローラーを渡す。スターフォース、チャレンジャー、迷宮組曲。ハドソンのゲームが多かった。コナミやナムコ、任天堂のゲームも人気だった。そこでは攻略のための情報が共有された。雑誌の記事、幼稚園や小学校、塾での口コミ。新しいネタを持ってきた子供は、その日のヒーローになった。灰江田は友人たちとともに、様々なソフトを楽しんだ。
 店が閉まってからは、家のテレビでゲームをした。夕方とは違い、一人でステージに挑む。灰江田の毎日は電子ゲームとともにあった。小学校も半ばを過ぎた頃にはスーパーファミコンが発売になった。このまま自分はゲームに囲まれて人生を送るのだと信じていた。
 スーパーファミコンが発売された翌年、バブル崩壊が始まる。子供が使えるお小遣いは、じわじわと減った。クリスマスに親が投入する金額は大幅に減少した。高価なおもちゃが多かったせいで、店の資金繰りは悪化した。父はそれでも方針を変えなかった。試遊コーナー、無料のゲーム。子供たちのたまり場にはなるが儲けには繋がらない。母は時代への適応を父に求めた。好景気と同じことをしていたら倒産する。父は反論した。景気は上がり下がりを繰り返す。長い目で見なければならないと。

 その頃から食卓では、怒鳴り合いの喧嘩が絶えなくなる。父と母の表情は険しく、空気はぎすぎすした。灰江田は子供心に不安になった。そして小学校最後の年に、灰江田玩具店は倒産した。
 店の商品が運び出され、看板が下ろされる。その様子を灰江田は呆然とながめた。借金は銀行だけでなく闇金業者にまでおよんだ。廃業の最大の原因は、法外な利息の業者だった。
 曇りガラスの東障子で区切られた居間。その外で話を聞いた灰江田は、父を尾行して町を歩いた。表通りから外れ、細い路地を進む。日が当たらず汚水で濡れた足下。暗い道を抜けた先は、派手な色使いの看板が並ぶ歓楽街だった。父は小さなビルに入る。父が去ったあと階段をのぼり、金貸しの事務所を突き止めた。灰江田は、勢いに任せて扉を開けた。

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新潮社
2018-05-18

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柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

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