石ノ森ヒーローを漫画で追いかけて ~仮面ライダーに始まる石ノ森ヒーロー④~

2010年代に入ってウルトラシリーズ、仮面ライダー、ヤマト、ガンダム、あるいは「ベルばら」「ポーの一族」等が次々と40、50周年を迎えている。これらは単に昔のものとしてあるだけでなく現役のコンテンツとして新作が発表され、映像化、舞台化されている。逆算すれば分かるが、大半は1970年代に始まった。1960年に生まれ、アニメ、特撮ものを最初期からTVで見ていた中川右介(作家、編集者)が「リアルタイムの記憶を基にして目撃譚」として描くサブカル勃興史。

記憶を辿りながら書きますが公にするからには、記憶にだけ頼り、間違ったことを書いてはいかないので、改めて調べ事実確認をして書きます。歴史家的視点と当時の少年視聴者・読者としての記憶とを融合させ「読者・視聴者としてサブカル勃興期を体験した者が書く歴史」を提示したいと思います(筆者)。

石ノ森章太郎は、『仮面ライダー』を、『石ノ森萬画館』でこう総括している。

〈「仮面ライダー」は、マンガ家の原作ではあったがマンガではなかった。マンガ家(つまりこの場合、ワタシだが)がテレビのために作った物語であり、キャラクターであった。—つまり私はここで、作品発表の場を、印刷媒体から電波媒体へ、雑誌からテレビのブラウン管へと変えたのだ。〉

 それゆえ、マンガ家・石ノ森章太郎の熱心なファンは、一連のテレビものを嫌う。商業主義に堕落したとも批判する。その気持ちは理解できるが、石ノ森章太郎もマンガをやめたわけではなく、自身が描くものは、「石ノ森章太郎作品」としての水準を保っていると思う。


●「少年マガジン」での『変身忍者嵐』『ロボット刑事』

『仮面ライダー』に次ぐ変身ものは『変身忍者 嵐』で、『仮面ライダー』の二年目にあたる一九七二年四月七日に放映が開始された。江戸時代が舞台の時代劇である。東映テレビ部としては『仮面の忍者
赤影』で実績のあるジャンルだった。

 石ノ森章太郎のマンガ版は「少年マガジン」に放映開始に合わせて連載された。

 石ノ森は、『萬画館』の自作紹介で〈ストーリー、キャラクターデザイン、ともにテレビと雑誌の落差が大き過ぎた。テレビの視聴者は低年層、雑誌(少年週刊誌)の読者は—この頃、増々高年齢化していたからである〉とした上で、『変身忍者 嵐』は〈マンガは成功した〉としている。

 僕はテレビ版は見ていなかったので比較はできないが、マンガの『変身忍者 嵐』は、たしかに面白い。当時の石ノ森章太郎はすでに『佐武と市捕物控』を描いており、時代もの作家としても卓越していることを示していたが、『変身忍者 嵐』も怪奇忍者ものの傑作だった。

『変身忍者 嵐』の知名度が低いのは、テレビ版の放映時間がNET系列の金曜夜七時で、円谷プロダクションの『ウルトラマンA』と重なり、視聴率競争で負けたからでもある。僕も『ウルトラマンA』を見ていた。

 テレビ局の大人は「ウルトラマンが強いので対抗するために、同じ層を相手にしたものを作ってぶつけよう」と考えるらしいが、ビデオのない時代の子供にとってはいい迷惑だった。

 さらに、同じような時代もの『快傑ライオン丸』(制作・ピー・プロ)もライバルとして登場した。フジテレビ系列で土曜夜七時からで、この後、七時半から『仮面ライダー』なので、ライオン丸を見てライダーを見るという流れができた。

『変身忍者 嵐』は、それでも翌七三年二月まで四七回、作られた。

 マンガ版は「少年マガジン」に一九七二年一〇号(二月二七日号)から四一号(九月二四日号)まで連載され、これは凄絶な悲劇として終わった。並行して、読切版が「希望の友」一九七二年四月号から七三年三月号まで連載され、これは単行本では『新・変身忍者嵐』と題されるが、ラストはとんでもないSFになった。どちらも、作家性の極めて強い作品に仕上がっているのだ。

「少年マガジン」では『変身忍者 嵐』が七二年秋に終了すると、同年一二月発売の七三年一号(一月一日号)から『ロボット刑事』の連載が始まった。これもテレビの企画が先にあったのだが、放映が四月からだったので、最初は、「久しぶりにテレビとは関係のない作品か」と思ったが、そうではなかった。マンガ版はアシモフの『鋼鉄都市』に出てくるロボット刑事を思い起こさせる社会派ミステリでもあり、SFミステリでもある、ハードなものだった。

 テレビ版『ロボット刑事』は七三年四月から、東映制作でフジテレビの木曜夜七時の枠で放映され、九月まで続いた。

●「少年サンデー」での『人造人間キカイダー』

『仮面ライダー』と『変身忍者嵐』が放映されている一九七二年七月、『人造人間キカイダー』が始まった。NET系列の土曜夜八時からである。つまり、『仮面ライダー』が七時半からなので、そのまま子供たちを引きつけようという狙いだった。

 しかし、これは困難を極めた。当時の土曜夜八時、日本の大半の子供は『8時だョ!全員集合』を見ていたのだ。

 NETは果敢にも、『人造人間キカイダー』の後、八時半からは永井豪原作『デビルマン』を続け、ドリフターズに挑んだ。『仮面ライダー』が『お笑い頭の体操』を脅かした実績を買われたのだが、『全員集合』も子供が視聴者だったので完全に重なった。ここでもまたテレビ局の大人たちは、子供に過酷な選択を求めたのだ。それでも『人造人間キカイダー』は初回こそ九パーセントだったが、徐々に上がり、一六パーセントに達して健闘した。

『仮面ライダー』も『変身忍者 嵐』も講談社の雑誌と提携したが、『人造人間キカイダー』は小学館と提携した。石ノ森章太郎名義で描かれたのは「少年サンデー」で、一九七二年三〇号から七四年一三号まで二年弱にわたる長期連載となった。同時に小学館の学年誌でもいっせいに連載が始まり、一二誌にのぼったという。「少年サンデー」以外は石森プロのマンガ家が描いたが、「少年サンデー」版も、石ノ森名義ではあるが、「作画協力」として石森プロのマンガ家の名前が列記されており、石ノ森自身が描いたのは下書きまでだったという。

 アニメも変身ものも視聴率がふるわなければ打ち切りになるが、高視聴率であっても、一年が経過するとキャラクター商品の売上が落ちるので、新キャラクターに切り替えなければならない。『人造人間キカイダー』は後者で、一〇か月が経過した七三年五月からは『キカイダー01』となって七四年三月まで続いた。マンガ版にも新キャラクターとして01が登場したが、タイトルはそのままだった。

『人造人間キカイダー』のマンガ版は連載中から秋田書店のサンデーコミックスで刊行され、全六巻となった。石ノ森章太郎自身がコミカライズしたなかでは、最も長い。

 キカイダーは、石ノ森章太郎没後も、さまざまなスピンオフが作られており、キャラクターとしては、仮面ライダーよりも成功している一面がある。

●『イナズマン』も「サンデー」に

「少年サンデー」では一九七三年三四号から、『人造人間キカイダー』に加えて、『イナズマン』も連載された。ひとつの雑誌にひとりのマンガ家の作品が二作同時に連載されることは珍しい。テレビとのタイアップあっての現象だった。

 テレビの『イナズマン』は、一九七三年一〇月二日から七四年三月二六日まで、NET系列の火曜日夜七時半から放映された。

 変身ブームとオカルトブームに便乗した企画だったが、視聴率はふるわず、半年で打ち切り、七四年四月九日からは設定を変えて、『イナズマンF』として再出発して、九月まで続いた。トータルでは一年続いたことになる。

「少年サンデー」での連載も一年にわたり続いたが、七四年一〇号からは『イナズマンシリーズ』、一八号から三八号までは『イナズマン超人戦記』となった。テレビ版とは違うかたちで、設定変更がなされている。

 単行本は『イナズマン』として全三巻が、小学館の少年サンデーコミックスから出た。

 続いて「少年サンデー」で始まったのが、ギャグマンガ『がんばれロボコン』である。

 これも、東映がコメディタッチの子供向けドラマ『がんばれ!!ロボコン』として、一九七四年一〇月から七七年三月まで、二年半にわたり放映するヒット作となったが、変身ものではない。


●戦隊ものも元祖は石ノ森章太郎

『仮面ライダー』に始まる変身ものは七五年をもって終了するが、この時、石ノ森章太郎と東映は新たな鉱脈を掘り当てていた。

 こんにち、「スーパー戦隊シリーズ」と呼ばれているものだ。これも、「原作・石ノ森章太郎」作品として始まったのだ。

 その第一作『秘密戦隊ゴレンジャー』は、一九七五年四月五日から、NET系列の土曜夜七時半からの枠で放映された。この枠は、三月まで『仮面ライダーアマゾン』が放映されていた。その後番組なのだが、それでは『仮面ライダー』の次作、『ストロンガー』はいつ放映されたかというと、土曜夜七時からで、東京ではTBSだった。

 一九七五年四月から、それまでNET系列だった大阪毎日放送はTBS系列となり、同時にTBS系列だった大阪朝日放送はNET系列になるという大改編がなされた。

 その結果、毎日放送が東映と作り、東京ではNETが放映していた仮面ライダー・シリーズはTBSが放映することになり、時間帯も土曜夜七時半から七時に変更になった。

 NETとしては高視聴率の『仮面ライダー』を失ったことになる。そこで、東映の平山プロデューサーに『仮面ライダー』の後番組の制作を依頼した。その結果、生まれたのが『秘密戦隊ゴレンジャー』だった。

 かくして、土曜夜は七時からTBS・毎日放送で『仮面ライダーストロンガー』、七時半からNETで『秘密戦隊ゴレンジャー』が放映されることになった。両作とも、石ノ森章太郎原作で東映制作である。

 もともとゴレンジャーの企画は、仮面ライダーの新シリーズとして、五人のライダーを主人公にしてはどうかということから始まった。しかし、毎日放送側が「ライダーは単独のヒーローでいきたい」と言うので取り下げられ、仮面ライダーのほうは『ストロンガー』が制作された。

 そこに、『仮面ライダー』を失ったNETからの依頼があったので、新しいシリーズとして五人がチームとなって戦う『秘密戦隊ゴレンジャー』が誕生したのだ。

 石ノ森章太郎はキャラクターデザインをしただけでなく、自らコミカライズも担い、「少年サンデー」七五年一八号(五月四日号)から三二号(八月一〇日号)まで連載した。

「少年サンデー」には『イナズマン』が終わると、ギャグマンガの『がんばれロボコン』を連載していたが、それにかわって、『秘密戦隊ゴレンジャー』が始まったのだ。最初はSFアクションものとして描かれていた。だが、七五年三三号(八月一七日号)からは『ひみつ戦隊ゴレンジャーごっこ』というギャグマンガになった。セルフパロディである。

 ある意味では石ノ森章太郎の作家としての良心が、『秘密戦隊ゴレンジャー』をシリアスなSFアクションとして描き続けることを許せなかったのだろう。テレビ版『秘密戦隊ゴレンジャー』が対象としているのは小学校入学前の子供たちで、「少年サンデー」の読者層とはかけ離れていた。ゴレンジャーは「少年サンデー」の読者には、子供っぽすぎてついていけない。しかし番組放映中は連載は続けなければならず、セルフ・パロディにしたのだろう。


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