過去の芥川・直木賞受賞作の「選評」が読める超おすすめサイトご紹介

芥川賞・直木賞の発表、見てて楽しかったのですが、同じくらい楽しいのは、実は……審査員による渾身の「選評」。なんせ作家が作家に向かって「評」をつけるわけですからね。刺すか刺されるか、一級品の刀を持った武士の世界でございます。
というわけで本日は、「芥川賞・直木賞の過去の選評」でおもしろいものを集めてみました!
「京大院生が選んだ人生を狂わす名著50」がリニューアルして、cakesオリジナル定期連載。

受賞作品もおもしろいけど、その「選評」もおもしろいんです

 先週、ついに芥川賞・直木賞が発表されました!
 候補作も見てて楽しかったのですが、芥川賞・直木賞で楽しいのは、実は……審査員による渾身の「選評」。
 実はこのサイトで今までのものを見ることができるんです!
 文学賞の選評。それはこの世でいちばん忌憚ない書評。
 なんせ作家が作家に向かって「評」をつけるわけですからね。刺すか刺されるか、一級品の刀を持った武士の世界でございます。

 というわけで本日は、ちょっと変化球バージョン、ということで。
「芥川賞・直木賞の過去の選評」でおもしろいものを集めてみました!
 あの有名作家はあの新人作家さんを、いかに評しているのか? なんだかきわめてミーハー的な楽しみ方だけど、案外読んでみると、作家の文学観が分かっておもしろい!?
 それではいってみましょう、刺し違えまっしぐら・歴代直木賞・芥川賞選評・評!


①みんな絶賛、しかし唯一の辛口コメントは「サイコパス」?

「コンビニという小さな箱とその周辺。そんなタイニーワールドを描いただけなのに、この作品には小説のおもしろさのすべてが、ぎゅっと凝縮されて詰まっている。十数年選考委員をやって来たが、候補作を読んで笑ったのは初めて。」(山田詠美)(※以後、敬称略です)

 こんなに絶賛されてる選評、受賞作でも珍しい。近年まれにみる絶賛選評オン・パレードなのが、2016年上半期芥川賞を受賞した、村田沙耶香先生の『コンビニ人間』。
「強く推しました」(川上弘美)「その手腕は見事であって、わたしは芥川賞にふさわしいと思った。」(宮本輝)「コンビニ人間を推そうと考えて臨んだ」(奥泉光)「指のささくれを一本ずつ抜いていくような心理の詰め方が逆にユーモアを生み、異物を排除する正常さの暴力をあぶり出す」(堀江敏幸)「あやふやな境界を自在に伸び縮みさせる、このあたりの展開を面白く読んだ」(小川洋子)と、選考委員の皆さん、きわめて好意的な感想。
 辛口選評で有名(?)な村上龍先生をもってして「作者は、「コンビニ」という、どこにでも存在して、誰もが知っている場所で生きる人々を厳密に描写することに挑戦し、勝利した。」と大絶賛です。おもしろかったですもんね、『コンビニ人間』。
 だがしかし! 審査員唯一非・好意的な意見をしたのが島田正彦先生。いわく、

▷「巷には思考停止状態のマニュアル人間が自民党の支持者くらいたくさんいるので、風俗小説としてのリアリティはあるが、主人公はいずれサイコパスになり、まともな人間を洗脳してゆくだろう。」

 ……気にするとこ、そこかいっ。と、ツッコんだのはわたしだけでしょうか。この評を読んでちょっと笑ってしまいましたよわたしは……。主人公のサイコパス化を心配なさる島田先生。
 むしろ島田先生版『コンビニ人間』を読みたい。サイコパス主人公がコンビニを使って様々な人を洗脳し、その先に生まれる恋と革命! 題して『優しいコンビニのための嬉遊曲』! 読みたい。嘘です。すみません。


②まさかの『ハチクロ』登場!?

▷「こういうのを、青春の輝きとみずみずしさに満ちている、と評する親切な大人に、私はなりたい……なりたいのだが、長過ぎて、お疲れさまと言うしかない。」「突き当たり(稚内)まで行った「ハチミツとクローバー」の竹本くんの方が、もっと偉くて魅力的だ。」(山田詠美)

 またしても山田詠美先生評になってしまうのだけど、いや、『ぼくは勉強ができない』詠美先生の口から「ハチミツとクローバーの竹本くん」なんて言葉を聞く日が来るなんて!? しかも、この作品まったくハチクロに関係ないのに!?
 という2008年上半期芥川賞候補作は羽田圭介先生の『走ル』。のちに『スクラップ・アンド・ビルド』で『火花』と芥川賞同時受賞となり一躍有名になった羽田先生の小説です。
 石原慎太郎先生は「実に面白く読んだ」「読んだ、というよりも作品を読みながら味合った不思議な快感、臨場感というべきものか、」「ともかくも、読みながら辺りの風景が次々に流れて変わっていくという一種の快感は希有なるものだった」と、その疾走感を高く評価! かと思いきや、「ただ物置に長くほうりこんであった中古のロードレーサーで青森まで走って、途中パンクなどのトラブルが無い訳はなさそうだ」と冷静なツッコミを入れているのがさすがです……。
 川上弘美先生が「作者は作中の自転車をよく走らせてくれていて、爽快。本田くんはでも、できすぎの青年だなあ。」と述べているのもちょっとおもしろい。たしかにこれが川上弘美先生の小説だったら、主人公はもっとダメ男くんになりそうだなぁ。それはそれで読みたい、ダメ男の自転車物語by川上弘美。


③「なんで今そのコメントを!?」とツッコみたいおもしろさのある選評集

▷「実は、私は「インターミッション」まで読んだところでインフルエンザで寝込んでしまいました。何とか体調が戻ってまた読み始めた際、そこまでの話の流れや登場人物たちのキャラクターが細部まで心に焼きついていたので、まったく中断の影響を感じませんでした。その時点で、この作品の受賞を確信しました。」(宮部みゆき)

—恩田陸『蜜蜂と遠雷』
 宮部みゆき先生、「受賞を確信」なさるのは良いんですけど、その理由が「インフルにかかったけど忘れなかったから」……。たしかにキャラや展開が印象に残る小説というのはめちゃくちゃ大切だし、わたしも『蜜蜂と遠雷』はそこがすごいと思うけど! インフルで読み止めたという事情を明かしちゃう宮部先生、ちょっとかわいらしいぞ!

▷「最後まで、私の心に食いこんでくるものがなかった。この男女に、どう感情移入せよというのだ、という思いがつきまとまった」(北方謙三)

—森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』
 稀代のマッチョ・ハードボイルド小説家(褒めてます)北方謙三先生と、稀代のキテレツ妄想小説家(褒めてます)森見登美彦先生ほど、合わない組み合わせもなかろう……。と、両者の困惑っぷりに思いを馳せてしまった選評。そらー北方先生は『夜は短し歩けよ乙女』のふわふわ妄想男子と相性悪いやろ。きっと両先生の小説を読まれたことのある方は共感してくれるはず。しかしこのコメント、現代の世代間の戸惑いをそのまま表しているようにも見えて、おもしろくないですか?

▷「私の苦手なジャンルの小説だ。」「おそらく合理性を求めるのは野暮で、作者の描く風景が好きか嫌いかという問題だろうが、私は最後まで疑問がいくつも頭に残ったままになる読書は、あまり好きではない。しかし文学性という点でほかの委員が高評価をつけるなら、反対はしないつもりだった」(東野圭吾)

—森見登美彦『夜行
 これまた「そら合わないだろう……」と思う組み合わせ。ミステリー作家としては、やはり「合理性」を見出したくなるものなんですね。「最後まで疑問が残る小説が好きじゃない」とばっさり語る東野圭吾先生は、やっぱり根っからのミステリ作家であることが窺えます。

▷「双手を挙げて賛成というわけにはいかなかった。この作品に出てくる、就活に励む学生たちはおそらく一流大学に通っていると思われる。そこでの会話や悩む様子に、一次選考で落とされる二流、三流校の学生の視点がまるで欠けていることが不満であった。」(林真理子)
▷「当初は若干の不足を抱かないでもなかった。一般論として言うのだが、昨今の若い作家の作品には自分を中心にして千メートル以内の世界を描いたようなものが多く、もっと想像力の豊かな小説を待望しているので、『何者』にもそんな傾向を見てしまったのである。だが他の委員より就活に悩む学生たちがさまざまな情報や評価に踊らされ、自分が何者なのか、周囲は何者なのか、喪失感に陥り、それが今日的な大きな問題であることを指摘され、この作品の評価が変わった。」(阿刀田高)

—『何者』朝井リョウ
 これまた「世代」の違う作家に戸惑いを覚える選考委員さんたち。「若者」の就活を描いた『何者』という小説に対し、「いやわかるよーなわからんよーな」という微妙なスタンスで臨むベテランの先生方。それでも、就活も若者の悩みもよくわからない世代に対し、「それが今日的な大きな問題である」ことを『何者』という小説が知らしめたなら、ひとつの文学的達成ですよねぇ……。いやはや。
 世代を超えると、小説のテーマにしたい事柄も違えば、今感じてる切実な問題も違うわけで、そこをきちんと伝えてゆけるのも、もしかすると、小説の役目、なのかもしれませんね。


 というわけで、案外読んでみるとおもしろいのが芥川賞、直木賞の選評なのでした!
 わたしは選評を読むたび思うのですが、やっぱり審査員の先生方も、絶対的な「いい作品」っていうものの基準にみんな悩んでいて、そこに差をつけるのはどうしたって「好きな作品」なんですよね。作品を評価するときには、結局、好き、嫌い、という好みの問題が入る。
 だけど、賞を決めるというのは、どちらかというと「好き」よりも「いい」作品を決めるためのものであって、そこにどうやって公平性をもたらすのか? ……という葛藤が入らざるを得ません。
 つまり、すぐれた小説とは何なのか? そもそも、すぐれているという基準は有効なのか? という、文学のずっと向き合ってきた疑問が、世相をうつしながら立ち現れるのが、賞の選評、なんですよね。
 たくさんのひとに好かれるのがいい作品? 文学の伝統が踏まえられてるのがいい作品? テーマが今っぽいのがいい作品? そもそも、今時権威的な「いい作品」なんて存在しないのか? ……などと考えるのは意外と興味深いところなんです。

 うーん、私は好き嫌いを超えた「いい作品」って存在すると思うんですけどね。みなさんどう思いますか?
 さてはて、今年も選評の公表を楽しみに待ちたいところですねっ。ミーハーですが、意外と注目してみると楽しいですよ!

この連載について

初回を読む
三宅香帆の文学レポート

三宅香帆

『人生を狂わす名著50』(ライツ社刊)著者、三宅香帆による文学レポート。  ふと「いまの文学の流行りをレポート」みたいな内容を書いてみようかなと思い立ちました! なんとなく、音楽や映画だと「ナタリー」みたいな流行をまとめる記事っ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

feilong “21817” https://t.co/wQNrkXmdHU 11ヶ月前 replyretweetfavorite

ncbgs_f 斎藤美奈子氏が受賞作品のみならず選考委員の選評を予測して当たっていたのを思い出す。。/ 11ヶ月前 replyretweetfavorite

keishiro_314 芥川・直木賞審査員による渾身の「選評」。作家が作家に向かって「評」をつけるわけですからね。そこは刺すか刺されるか、一級品の刀を持った武士の世界。 | 11ヶ月前 replyretweetfavorite