艶やかな風情を守る海辺の花街【大森海岸三業地】

数々の街歩き取材を重ねてきた、文筆家・路地徘徊家のフリート横田氏。2020年 の大イベントを前に、東京の街が大きな変貌を遂げつつあることを肌で感じているといいます。その危機感から始まった本連載。
第十九回は、料理屋・芸者置屋・待合の三つを指す「三業地」の名残り、つまり「花街」の匂いを残す大森へ。以前とは様子が変わったものの、今も色濃く咲く芸者に会いに。

かつては東京中にあった、“三業地”をご存じだろうか?

料理屋・芸者置屋(おきや)・待合(まちあい)の三つの業態が営業する地域のことで、戦前は警察、戦後は公安委員会が営業許可を出し、業者らは組合を作って指定地域内で営業した。

簡単に言えば「花街」(かがい)だ。

芸者置屋は、単に置屋とも呼ばれるが、芸能事務所のようなもので、置屋ごとに複数人の芸者が所属していた。

料理屋は、自分のところに板前がいて料理を自前で出し、待合は料理を別のところから取って、席を貸した。どちらもそこに芸者を呼ぶが、後者には寝所も備えてあって、昭和33年の売春防止法の完全施行以前は、一夜を共にできる芸者も一定数いた(大多数ではない)。ただし“公娼”である遊郭が別にあったので、タテマエとしては秘したものだったわけだが。

戦後は料理屋と待合がいっしょくたになった呼称、料亭が生まれた。よく政治家が会合をするあれである。ただし元料理屋、元待合、として、かつての特性は戦後も残ったようだが、そこは後述する。

こういう花街が、かつては東京中にあった。戦前の最盛期で五十数か所、戦後も昭和30年代くらいまでは相当の勢いがあったが、その後キャバレーの登場など娯楽産業の多様化もあって徐々に衰退し、現在花街としてのテイを成しているのは、浅草、新橋、赤坂、向島、神楽坂、芳町のいわゆる「六花街」程度……

……と言いそうになるが決してそうじゃない。それ以外にだって、いまでも粋な世界は残っている。たとえば、京急・大森海岸駅付近に。


海辺の街に生まれた花街
そこには哀史も残る。

第一京浜の東側、海の真ん前の街、大森。海水浴客をあてこんで、明治期に3つの艶っぽい街が花開いた。ひとつは大森海岸駅の北側にあった大井三業地、二つ目は南側の大森海岸三業地、三つ目はさらに南、平和島駅東側にあった大森新地である。三業組合が棲み分けをしていただけで、要は海辺に一大花街が広がっていた、と考えていいだろう。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

2020年五輪の話題が「光」なら、消えゆく昭和の風景は「翳」。まぶしい光でなく翳にこそ惹かれる、そんな人々に向けた渾身の一書!

この連載について

初回を読む
東京ノスタルジック百景 シーズン2 ~今見ておきたい昭和の風景

フリート横田

ライター兼編集者として、数々の街歩き取材を重ねてきたフリート横田氏。著書『東京ノスタルジック百景』からのcakes連載が好評を博し、満を持して書き下ろしの連載がスタート。2020年の大イベントを控え、急激に変化しつつある東京。まだわず...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

yoko_ping こういうの何故か興味ある。 20日前 replyretweetfavorite