ピストルズ』で自分なりに一つの決着がついた—阿部和重インタビュー 4/5

神町サーガには幻のスピンオフ作品があった!ピストルズ執筆時の裏側で何が起きていたかが明らかになる、評論家佐々木敦さんによるインタビュー第4回目。インタビュー後半では、文学性を探求する『クエーサーと13番目の柱』の設計思想が語られます!第5回、最後となるインタビューは6/28(金)に公開予定です。

神町サーガとスピンオフ作品

佐々木 『ミステリアス・セッティング』も神町サーガにつながっていますよね。しかも、今後書かれるであろう第三部とつながってくるような気がしています。

阿部 そうなんですよね。ネタバレにもなってしまうので、あまり詳しくはお話しできませんが……。
 スピンオフといえば、実はもう二つ考えていた物語があったんです。でも、時間的にまったくそんな余裕がないので、その二つは、たぶん書かれることはないと思います。

佐々木 それはどうして書かなかったのですか?

阿部 二つあるうちの一つは、『ピストルズ』の後半で語られる、小学生の女の子が誘拐されて殺されるという事件に関係するものです。『ピストルズ』では、犯人を探すために、女の子の両親が賞金をかけるわけですが、夏休み中の暇な学生たちが賞金稼ぎと称して犯人探しを始める。その賞金稼ぎに勤しむ若者たちの物語というのを、また別個に書こうという考えがありました。実は、『ピストルズ』の連載と並行して書くつもりだったのですが、本編の執筆が大変すぎて、とてもじゃないけど同時進行でなんかできなかった。
 もう一つは、菖蒲みずきという『ピストルズ』の主人公が、東京に上京して、大学生活を送る時期の物語を、『ピストルズ』の連載が始まる前に書いておこうと思ったんですよ。

佐々木 それはなんで書かなかったのですか?

阿部 ちょうど同時期に、偉大な青山真治監督から、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』のメイキングを撮りなさいというありがたいお仕事をちょうだいしまして、撮影自体は二ヵ月くらいで終わったんですが、編集も自分でやらせていただいたので、えらい時間がかかっちゃった。それで、スピンオフなんか書いてる余裕がなくなってしまったんですね。まあでも、あの画期的な映画の現場にずっとお邪魔させていただくという貴重な経験をさせていただきましたから、自分にとってはむしろよかったなと。

『クエーサーと13番目の柱』とリーダビリティ

佐々木 『ピストルズ』の後、阿部さんは二作の長編を刊行しました。一冊目の『クエーサーと13番目の柱』はもともと講談社百周年書き下ろしシリーズで書くはずのものだったのですよね。パパラッチを題材としていて、「フライデー」の記者に取材されたというお話を前に伺いましたが(『小説家の饒舌』)、それにしても、これも『ピストルズ』とはまったくと言っていいぐらい文体が変わっています。ぼくは『クエーサーと13番目の柱』から、また新たな阿部和重が始まっていると考えています。もともと映画からのインスパイアが多いとはいえ、今回はまるでスパイ映画のシナリオを読んでいるような感覚があって、かなりリーダブルに書かれています。
 そのリーダブルさは、現在のところ最新の小説となっている『□(しかく)』にもつながっていると思います。異様なほど凝った文体で書かれた『ピストルズ』の後、今度は、あえてリーダブルな方向に向かっているという気がするのですが、いかがでしょうか?

  

阿部 そのとおりです。『クエーサーと13番目の柱』の最初に書いた原稿は、今、世に出ている形とは全然違うものでした。講談社の百周年に合わせて二〇一〇年中に出さなければいけなということで、『ピストルズ』が終わったら、そのままプロモーションをやりながら『クエーサー』に取りかかってしまった。けれども、とにかく苦行のように『ピストルズ』を数年集中して書いてしまったせいか、その癖がずっと抜けないまま似たような書き方で書き進めちゃったんですね。だから、『クエーサーと13番目の柱』は、最初は一人称の告白形式だったんですよ。
 おそらく百数十枚は書いていたと思います。でも、書きながらずっと、今はこういうことをしたいわけじゃないんだよなっていう気持ちがあって、それが強まってきたところで中断しました。

佐々木 それは阿部さんとしてはかなり珍しいことじゃないですか?

阿部 そうかもしれません。「おれはまた間違いを犯そうとしてる」と気づいて、全部やめることにしました。そして、そもそも今、自分はどういうことをしたいのかを冷静に考え直そうと思ったのです。それで生まれたのが、『クエーサーと13番目の柱』の文章、現在形で、ほとんどシナリオのト書きみたいな感覚で書き進めていくシンプルな形式です。
 『ピストルズ』の発表直後に、斎藤環さんとの対談(「文學界」二〇一〇年五月号)で、『ピストルズ』で初めて小説というものを書いたような気がすると言ったことがあるんです。ぼくがそれまで文学というジャンルに対して抱いていたイメージ、文学作品ってこういうものだということを、やっと自分なりに、小説として組み立てられたと、書き終わって感じました。旧来的な文学性の追求は、『ピストルズ』で自分なりに一つの決着がついたような気持ちがありました。
 そして、『ピストルズ』を書き終わった後に、今現在、文学というジャンルがどのように受け止められているのか、その中で、文学が生き残っていくとしたら、どのような形があり得るのかということをあらためて考え直しました。その結果、『クエーサーと13番目の柱』という作品になったんですね。
 『クエーサーと13番目の柱』の発表直後にいろんなインタビューでもお答えしたのですが、文学に対して、多くの人々が思いつくイメージといったら、比喩と風景描写と心理描写、この三つではないでしょうか。その文学ならではの三本柱を、取り払ってもなお、文学性というのは作品に宿るのだろうかということを、追求してみたいと思って書いたのが『クエーサーと13番目の柱』なんです。
 プリンスに『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』(1985年)というアルバムがあって、それは『ピストルズ』のイメージと重なるようなサイケデリックな装飾性を持ったコンセプチュアルな作品です。その次に発表したのが『パレード』(1987年)なのですが、それは極限までシンプルに組み立てながらも非常にカラフルな印象をもたらすアルバムでした。その中に、大ヒットした「KISS」というファンク曲がある。当時、あの曲が鮮烈に響いた理由の一つに、ファンクミュージックにとって不可欠なはずの、ベースを取っ払った、ベースレスのファンク曲だったというのがあった。その衝撃的な試みが、『ピストルズ』の後に、『クエーサー』の第二稿を書く上での最大のヒントになったんです。

佐々木 必須とされていたものを敢て抜いて作るということですね。今のお話は、本当に腑に落ちました。

コルク

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ピストルズ』文庫化記念 阿部和重インタビュー 

佐々木敦 /阿部和重

『ピストルズ』の文庫化を記念して、評論家の佐々木敦が阿部和重へのインタビューを行いました。 講談社の月刊文庫情報誌『IN★POCKET』に掲載されたインタビューを、cakesでは全文公開! 自身の小説について語る阿部和重の言葉を、...もっと読む

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