電気サーカス 第94回

真赤から別れを切り出されて茫然自失になった“僕”は、彼女の自宅を訪ねてしまい、家族や友人たちがやってくる騒ぎを起こしてしまう。自分の身の置き場がなくなった“僕”は、自殺を試みたものの、失敗。死ぬのをあきらめ、就職活動をはじめた。

 案の定、いつまで経っても人材派遣会社からは紹介の話が来ない。
 その間、僕も待ちぼうけているわけでなく、求人誌の情報を頼りに面接をいくつか受けてもみたが、話してみると募集と内容が違ったり、相手の方から断られたりで、いつまで経っても仕事を見つけることが出来なかった。必ずしも求められているスキルの水準が僕の手に余るほど高度すぎるというわけでもなく、たとえば「OSのインストールが出来ますか?」というような、ごく初歩的な質問をされることもあったが、そうした企業にも落とされた。
 どこへ面接に行っても、スーツを着た若者が何人も並んでいるのを見かける。この業界も、もはや以前のような売り手市場ではなく、人があぶれはじめているのだ。
 そうして二月も終わり、三月が近づく頃になっても僕は無職だった。すると、タミさんの家でみんなで集まるという話に誘われ、久しぶりに遠くまで足をのばした。
 中央線の朱色の車両を荻窪で降り、電話をするとすぐにタミさんが迎えに来てくれた。真赤の家での事件から時間が経って、つき合いは元通りに戻っている。駅のそばの定食屋で、僕はビールと子持ちカレイの煮付け定食、タミさんはサンマの塩焼きがついた定食を食った。
 アパートは歩いて十分ほどの場所にある。手すりに触れると赤錆が付き、ドアを閉めてもすきま風が入るような古い建物だったが、広さは2DKほどあり、住み心地は悪くなさそうだった。
 その日は、オシノさんと、宇見戸と、カワキタというイラストサイトをやっている学生がやって来ることになっている。皆が集まるまでの間、二人で世間話をした。
 花園シャトーに引っ越したばかりの頃は、毎日のようにこうしてタミさんと二人で話していたが、真赤がやって来てからは機会が減り、今は住まいが離れてしまっているから面と向かって話すこと自体が減った。だからこうしていると、なんだか懐かしいような気がする。その時僕たちがしていたのは、最近行方をくらませてしまったクサノについての話であった。
 僕などは自分のことに手一杯で、とんと情報に疎くなっていたのだけれども、聞くところによると、あののっぺりとした顔の男は数ヶ月前に仕事を辞めてからは定職につこうとせず、恋人や友人達に金を借りて暮らしていたらしい。それが、突然連絡もつかなくなり、アパートも引き払ってしまったのだという。
「親しくしてるやつら何人かで電話をしたんだけど、一回出ただけで、その後は何度かけても繋がらないらしいよ」
 と、タミさんが言う。
「実家に帰ってるんじゃないの? 確か、あいつは地方の出身だったんじゃないっけ」
「それが、どうも実家にも帰ってないようなんだよ。だから両親もクサノがどこで暮らしてるのか知らないらしい」
「そりゃ大変だな。でも、話からすると、この間井の頭公園で会った時も借金まみれだったってこと?」
「うん、そうなるね」
「ちっともそうは見えなかったけどな。どうしちゃったんだろうね。クサノって、そんな滅茶苦茶なことをするタイプじゃなかったのに」
「おかしくなっちゃったんだろうね。あ、そうだ、話はかわるけどさ」
「何?」
「この間、ヒガシさんが女を連れてきたんだ。白人とのハーフって言う話だったんだけど、おれたちが想像するようなハーフとは違うんだよ」
「どう違うの?」
「なんだかプロレスラーみたいなんだ。すごい積極的で、電話番号とか教わっちゃった。もしかしたら呼んだら今からでもここに来るかもしれないけど、どうする? 呼ぶ?」
「いや、いいよ。それは」
 僕が渋い顔をすると、
「そうだな。来ても困るし」
 タミさんはもう一度笑った。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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