顔が見えないお付き合い」に手を出したときのこと

SNSや出会い系アプリで男女が出会うことが珍しくなくなった現代。お互いの顔を知ったうえで実際に会うという人がほとんどですが、20年ほど前は今のように簡単に写メが送れず、相手の顔がわからないまま会っていたそうです。小説家の森美樹さんも「顔が見えないお付き合い」をしていたひとり。ある日、気になっていた男の人と実際に会うことになったのですが……

顔が見えないお付き合いが日常になったのは、何年前からだろうか。昨今は写メや動画が送り放題で、加工しているかもしれないけれど明らかに容姿はわかるお付き合いになった。

しかし携帯電話の前身ともいうべきPHSが流通した頃は、正真正銘、顔が見えないお付き合いがあった。私が二十代前半の頃である。メールの上限が20文字前後、しかもカタカナのみで、友人や異性同士のやりとりもさながら俳句か短歌のようだった。平安時代のようで風情はあったが、男女間で小さな勘違いも生まれた。例えばこんな具合に。

男 『ルミナリエ ヤケイ ミニイッテクル』

女 『ルミ? リエ? ダレソレ?』

これは当時、遠距離メール恋愛をしていた知人の、嘘のような本当のやりとりである。ルミナリエとは言わずもがな、神戸ルミナリエのことだ。時は1995年、神戸ルミナリエは開催されたばかりだった。

メール友達なら作ってみてもいいよね

メールというよりはふみというような、行間から相手の思いを汲み取るようなロマンチックさも手伝ってか、上記の知人含め、遠距離メール恋愛に興じる人もかなりいた。勿論、今みたいに写メなど送れない。まごうことなき、文字のみである。それではたして付き合ってるっていえるのかな? と疑問視しつつ、私は周囲の楽し気な人々を達観していたのだ。

やがて知人達の楽しさオーラが伝染したのか、あるいは元来旺盛な好奇心がくすぐられたのか、私もついに手を出したのである。メール恋愛じゃなくてもメール友達なら作ってみてもいいよね、とSNSの代表格だったMというサイトに登録し、音楽系のコミュニティに入会、やがて特定の人とアドレスを交換し、晴れて「顔が見えないお付き合い」を開始した。彼のハンドルネームはDだった。頭文字イニシャルDである。いや別に走り屋ではないのだが、「顔が見えないお付き合い」の走りとしてはいい名前だと思う。

デジタルの世界は日進月歩である。メールもカタカナ20文字前後ではなくなり、長文可能にはなっていたが、写メや画像の域ではなかった。で、D氏であるが、もんのすごくオシャレで(いや、言葉とか文章だけなのだけど)、洗練されていた(くどいようですが、言葉とか文章だけです)。

人間には大なり小なり想像力や妄想力が備わっており、その人がクリエイトした何かを見るなり読むなりしてしまうと、無意識にその人像を作ってしまう。D氏は音楽に詳しく、それに付随した歴史やファッションにも精通し、物腰がやわらかでフェミニストだった。

物腰がやわらかで……、って、会う前から言うのもなんですが(だからこうやって無意識にその人像を組み立ててしまうのだ)、なんていうか、日本語の間にフランス語を差し挟んできたり(意味を把握できない私を想定し、フランス語の前後にさりげなく日本語訳を入れ込むといった気の使いよう)、見たこともない私を貴婦人のように扱ってくれる。こっちは昼近くになってもベッドでぐずぐずし、ボサボサ頭に目ヤニをくっつけてメールしているのだとしても、さらに私がそれをカミングアウトしているにも関わらず「気怠い朝は素敵だよね。僕がベッドまでカフェオレを持ってあげたい」などと返信してくる。カフェオレはCafé Au Laitと綴られていたと思う。きっと。

青山のカフェで彼と待ち合わせをしたら…

一度会ってみたいな、恋愛に発展したらそれはそれでおもしろいぞ、とまたもや好奇心がくすぐられていた矢先、会う機会がやってきた。音楽系イベントに一緒に参加する運びになったのだ。場所は出会いの場にふさわしい青山。しかもD氏の友人が切り盛りするカフェ、いやCaféだ。フランス系のオシャレ紳士にご対面、というわけで、私はかなり緊張した。アニエスbのワンピースにクーカイのバッグ、アガタのピアス等々、私にしてはがんばってコーディネートし、メイクはシャネルで決めてみた。だっていきなりジュテームとかマシェリとか言われるかもしれない。身も心もフレンチシックにしてみたところで、青山のCaféに到着。

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アラフィフ作家の迷走性活

森美樹

小説家の森美樹さんは、取材や趣味の場で、性のプロフェッショナルや性への探究心が強い方からさまざまな話を聞くのだそう。森さん自身も20代の頃から性的な縁に事欠かない人生でした。47歳の今、自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する...もっと読む

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