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殴られて耐える母たちに育てられた。
男の人ってね、かわいそうなのよ、甘えんぼで、いつまでも子どもなの、はいはい、わかったわってね、やさしく受け止めてあげればいいのよ、女から何か言っちゃったら、ガラスのプライドが壊れちゃうからね、セクハラも大人の態度で受け流しなさい、男の人にはママが必要なの、男の人って不器用なだけなのよ、かわいいわね、男の人って女の人にはいつもニコニコやさしくいてほしいのよ。
そう言いながら母たちは、切れた唇を化粧で隠して笑っていた。
その口紅の色は、結婚しても夫の前では女でいたいママの、年齢をわきまえたイタくない大人可愛いリップであった。
殴られて、殴られて、殴られて耐えながら母たちは娘を教育した。殴られて、殴られて、殴られて耐えてきた母たちの血が娘に流れている。
“十五でねえやは嫁に行き、お里の便りも絶え果てた。”
そうして生きた数百年ぶんの無数の母たちが娘を抱いている。
幽霊みたいな無数の母たちの抱擁がやわらかくてやさしい。
幽霊みたいな無数の母たちのその声がやわらかくてやさしい。
「あなたも女よ。
あなたも女なのよ。
女の子はいつも「わからない」って微笑んでいなさい。「知らなかった、すごい」って男の人に拍手しなさい。反抗しないこと。いつか赤ちゃんを産むんだからお腹を冷やしてはだめ。あなたは赤ちゃんを産むの。あなたは赤ちゃんを産むの。あなたは赤ちゃんを産むのよ。かわいかったわ、赤ちゃんの時の、あなた……
反抗しないから。」
水仕事であかぎれたその手が、娘の顎をそっとつかんだ。もちろんネイルサロンで家計を圧迫したりなんかしない、とても家事のうまそうな正しい女たちの手が、寄ってたかって娘の唇をゴマージュし、リップパックし、正しいモテリップを塗りたくって正しい角度に口角を引き上げた。
「こんなコーデはイタい!」
「こんなインスタ女子はウザい!」
「男子に聞いたNGメイク!」
「地黒女子が憧れの美白に!」
「男子ドン引きやりすぎUV対策!」
介護と子育てとを両立させながら、1文字0.5円の在宅ワークで、現代を生きる母たちが今日もまた娘を正しい道に導く。女子向けウェブメディア越しに導く。
“母ちゃんが、夜なべえをして、手袋編んでくれた。”
0.5円の字を重ね、せっせと編まれたその記事が、正しい女を、正しい女を、やさしくやさしく包み込む。
0.5円の字を重ね、せっせと編まれたその記事で、イタくもないし、ウザくもない、無難な女が量産される。
「量産型女子大生wwwwwwwwwwwwww」
大草原が一斉にそよぐ。踏まれた草がインターネットで、なんだろう、すごい一体感を感じながら女を笑う。
大草原から逃げるには、正しいとされる道を歩くほかないように思えた。
そういうことで2003年、つまりは性別が女子とされる高校生を性的欲望や支配欲やビジネスの対象とする大人たちが取引のためにJKという符号を使い始めた頃、家政科のある女子高と、やりたいことができる単位制高校とを同時に受験したのだった。
正しいとされる道は二つ示されていた。
(一)家政科で花嫁修行をして高収入の男性と結婚すること。
(二)単位制で個性を伸ばす国際教育を受けて自立した女性になること。
どっちが正しいのか15歳の少女にはよくわかんなかったのもあって、受かった方に行くことにしたのだった。
「地球環境を守るために樹木医になりたいです」。
正しい感じのしそうな夢をキラキラと語った。
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