柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第18回

レトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」。社長の灰江田直樹とプログラマーの白野高義(コーギー)は、ファミコン時代の名作「UGOコレクション」全十本の移植という大きな依頼を受ける。ただ、実現には大きな障害があった。それは最後のゲーム「Aホークツイン」の権利だけを買い取った、開発者の赤瀬裕吾が行方不明であること。赤瀬探しに奔走する二人の動向を探るように、灰江田の元同僚で天敵の橘鋭介から、コーギーに電話がかかり――。
電子書籍文芸誌「yom yom」の人気連載を出張公開!

「おや、返事をしてくれないのかい。でも、聞いているんだろう。なにか話してくれよ」
 コーギーは答えられなかった。
「ふむ。まあ、きみも守秘義務があるだろうからね。おそらく私の想像どおりなのだろう。その上で白野くんに聞きたいんだ。生活できるだけの給料は、灰江田からもらえているのかい」
 橘は、悪魔の誘惑を思わせる声で問う。
 生活できているか──。コーギーは自分の部屋の様子を頭に浮かべる。衣食住はどうにか満たしているが、趣味に使える金はわずかしかない。ぎりぎり暮らせているが余裕はない。
「なあ、白野くん。うちに来ないかい」
 橘のいきなりの提案に、コーギーは仰け反りそうになる。
「もし、白鳳アミューズメントが権利を持っていないのならば、うちでその権利を取って、白野くんが移植をしてリリースするというのは、どうかなと思っている」
 コーギーは、あっと言いそうになる。
「白野くん。きみの活躍は評価に値する。正直なところ灰江田には勿体ない。うちと取り引きしているときに、スカウトすべきだったと反省しているんだ」
 橘の優しげな物言いに、コーギーは困惑する。
「どうだい。うちで働く気はないかい。もちろん正社員として採用する。ゲーム開発の経験者として相応しい給料を用意する。灰江田の会社にいても儲からないだろう。すぐに返事をくれとは言わない。突然の話だろうからね。私だって、それぐらいは承知している。連絡はこの番号に折り返してくれればいい。電話がない場合は、こちらからまたかける。是非うちに来て欲しい。グリムギルドは優秀な開発者を、いつでも歓迎している」
 通話が終わったあと、コーギーは額の汗を拭いた。
「どうしたのコーギーくん。汗びっしょりよ」
 ナナが怪訝な様子で尋ねてくる。
「いや、なんでもありません」
 コーギーは急いでコーヒーを飲み、二階の事務所に逃げ込んだ。

 アパートの部屋に戻ってきた。ドットイートから徒歩十分。四畳半、風呂なし、トイレ共同、家賃三万円の賃貸物件である。
 コーギーは、電灯のスイッチをつけずに流しに足を運ぶ。蛇口をひねり、コップに水を入れて一杯飲んだ。床にはゲーム機やソフトが無数に転がっている。その数は灰江田の会社に入ってから、わずかしか増えていない。給料が低すぎるのだ。しかし賃上げの要求も難しい。社長である灰江田も金がないため、ドットイートの飲食をツケでおこなっている有様だからだ。
 コーギーは無言のまま布団を敷いて横になる。今日は銭湯に行くのはいいや。そう思いながら天井を見上げた。室内は暗いままだ。四角い傘を被った蛍光灯から、紐がぶら下がっている。コーギーは体から力を抜き、ぼんやりと考える。
 橘からの電話。橘には恨みこそあれ恩などない。逆に灰江田には大きな恩がある。灰江田に会うまで、コーギーはずっと孤独な旅を続けていた。流浪の末にたどり着いた相手。灰江田は自分にとっての光だった。コーギーは、迷い子になった自分の人生を振り返る。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

2018年8月号は待望の畠中恵さん「しゃばけ」外伝、スタジオジブリの鈴木敏夫さんが対談に登場、俳優・加藤良輔さんインタビューなど。あらゆるエンタメを自由に楽しむ電子の文芸誌、毎奇数月第3金曜に配信!

yom yom vol.51(2018年8月号)[雑誌]

さやわか,畠中恵,加藤良輔,ふみふみこ,浅野いにお,鈴木敏夫,米田建三,青柳碧人,町田そのこ,堀内公太郎,最果タヒ,垣谷美雨,門井慶喜,中山七里,宮木あや子,武田綾乃,吉野万理子,東川篤哉,鴻巣友季子,新納翔,円城塔,カレー沢薫,乗田綾子,原田まりる,大矢博子,新井久幸
新潮社
2018-07-20

この連載について

初回を読む
柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

ruten cakesで小説『レトロゲームファクトリー』連載18話目公開中です。ゲーム好きの人も小説好きの人も是非読んで下さい。最新話→ https://t.co/bRkelv7hDq 連載まとめ→… https://t.co/7P7GJdvwNi 8ヶ月前 replyretweetfavorite