大人の恋愛に"告白”は必要ない

ユウカは母と話しをして、少し落ち着きを取り戻した。そのころ、高畑は芦屋の動物病院に戻って、いつも通りに働いていた。

母と話し終えてみると、不思議なくらいユウカの気持ちは前を向いていた。

年齢は20歳以上離れているけれど、やはり同じ女として、ユウカと母は似ている。

母の考え方はハッキリしている。彼女より自分のプライドを大切にする男は、ユウカにはふさわしくない。母のその言葉を聞いたユウカは、自分の思ってることを言ってくれたと嬉しくなった。

それなのに、池崎は……

「ユウカさんの好きにしていい」

大阪行きが決まったのに、ユウカを連れて行こうという気概さえ見せず、無責任な態度を貫いていた。

その態度は寂しさを越えて、いら立ちしか覚えなかったけど、それは、まだユウカと向き合っていこうとしてくれてる証拠なんだって、そう思えるようになったのは、母に話したおかげかもしれない。

同じころ、高畑は芦屋の動物病院に戻って、通常勤務に戻っていた。

高畑にとって嵐のような4日間が過ぎ去ると、驚くほど平凡ないつも通りの日常が待っていた。

でも、この日は、ある意味特別な日だった。

ユウカを一晩中抱いたあの夜以来、久しぶりに澤絵家の門をくぐる予定だったのだ。
澤絵家には老犬のジョンがいて、定期的に高畑は澤絵家に往診する約束になっている。

呼び鈴を押すと、聞きなれた人妻の声が聞こえた。いや、もう未亡人か。

門から玄関までの長い道のりをひとり歩いていくと彼女は玄関まで出て高畑を迎えた。

「アキさん、こんにちは」

「こんにちは、高畑さん。いらっしゃい」

葬式もひと段落がついて、いまは落ち着いているようだった。アキは高畑のために紅茶をいれて、ジョンのそばで検診をしている高畑の隣に座った。

「高畑さん、紅茶をいれてあげたから、飲んでね」

「僕は紅茶は飲まないよ。知ってるだろう。それより、竜平さんが亡くなって君も大変だろう。僕に気遣いは無用だよ」

「あら、つれない態度ね」

「そうじゃないさ。僕が君に気を遣っているんだよ」

「ふ、そんなの私たちの間で必要? 別にいいじゃない?」

アキはソファのひじ掛けに身体をもたれさせて、高畑との距離は不自然なほど近くなった。

「アキさん、竜平さんが亡くなったばかりだろう。もう落ち着いたのかい?」

「そうね、そろそろ落ち着いてもいい頃かなって思ってたけど、なかなか落ち着かないわね。遺産問題ってそう簡単にはいかないのね。とりあえず、今はこの家を売却する話で進んでるわ」

「そうなんだね。で、そうしたらアキさんは、どこに住むんだい?」

「そうねぇ、まぁ小豆島なんかもいいかもね。高畑さんもくる?」

「やめとくよ」

「あら、私が来てって言っても?」

「……あの頃とは違うからね」

「そうかしら。私は別に違うなんて思わないけど。そういえば、あなた横浜いったんでしょう?」

「あぁ、君に言われたとおり、朝一でユウカさん家に行ったよ」

「それで、押し倒してやったの? あはは」

「何言ってるんだよ。そんなわけないだろう」

「……あら珍しいわね。高畑さんにしては。人の家でセックスするのに躊躇ないのに」

「……相手は君じゃないからね」

「私ほど魅力的じゃないってこと?」

「僕を誘惑してるのかい?」

「わるい?」

「あんまりいいことじゃないかもね」

アキは状況を楽しんでいる。高畑をけしかけてユウカに会いに行かせたのも、こうしてまた高畑を誘惑していることも。すべては彼女の胸先三寸で変わる状況を楽しんでいた。

この未亡人にとって、愛情や恋というものは現実を忘れるためのスパイスでしかない。未来を守るためにする約束も、過去を綺麗なものにする貞淑さも必要ない。彼女はいまの時間を1秒1秒を楽しむように生きている。生来の頭の良さに加えて、磨き保ってきた美貌がそれを可能にした。

どんな質問をぶつけてもさらりとかわす高畑に対して機嫌がわるくなったからなのか、アキは足を組み替えて少し意地悪な質問をした。

「ねぇ、ユウカがあなたのところに来ても、他の男と浮気するかもしれないわよ。高畑さんと付き合ったとしても、ユウカはそんな女よ」

「どうかな。彼女は君と違ってそんな風には見えないけど」

「ふふふ。女はみんな同じよ。いい男に迫られたらあっさり股を開く。あなたとユウカがあの日この家でセックスしたこと。知らないとでも思ってるの? しかもあの部屋でするなんて(笑)」

「……やっぱり知っていたのかい?」

「ほんとに人の家でセックスすることに躊躇ないわね(笑) 同じ家の中なのよ。いくら広いっていっても気づかないわけないじゃない? ……でもあなたの浮気を私は許すわよ。私は心の広い女だからね」

「僕は誰とも付き合ってないじゃないか」

「あら、違うの?  あはは。見解の相違かしら。何をしたら付き合ってて、何をしてないから付き合ってないって、意味ある? 私にとって、これまで関係のあった男は全員、私以外とヤったら基本的には浮気よ」

「……あの部屋で、ユウカさんとそうなったのは偶然だよ」

そうは言いつつ、ようやく戸惑いの表情で反応した高畑に対して、この隙を見逃すまいとアキは攻勢に出た。いま一番面白くなりそうなことに夢中になる。それはこのやっかいな未亡人の困った性格だった。

「高畑さん、これから予定はあるの?」

「午後から診察が入ってるよ」

「お昼を抜けばまだ時間はあるわね」

「本当に君ってやつは。でも朝も食べてないんだ。じゃあ……外でランチでもするかい?」

「ランチね、それならやめとく。また着替えて、化粧するの面倒だもの」

「誰も気にしないよ」

「私が気にするのよ」

高畑はその返事を聞くと、検診バックを持ち上げて帰り支度を始めた。

「じゃあ、次の診察は15日だね。また11時でいいかい?」

「10時にきて」

「11時じゃ都合が悪い?」

「10時なら午後の診察までたっぷり時間が取れるでしょう。それとも足りないかしら?」

「ふう、君という女は、たまに恐ろしくなるよ」

「そういう女は嫌い? そうじゃないでしょう。ふふふ」

**

「はっくしゅん!」

高畑とアキが怪しい会話をしていた時、ユウカはまだ実家で母親と一緒にソファでテレビをみていた。

「あら、あなたどっかで誰かに何か悪い噂でもされてるんじゃない」

そう言ってティーカップを手にする母に、ユウカは言い返そうと思ったがやめた。

ユウカの手元にあるティーカップの中に浮かんだ白い泡は、ぐるぐる回転し続けていた。

<つづく>

<イラスト;ハセガワシオリ

この連載について

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結婚できない2.0〜百鳥ユウカの婚活日記〜

菅沙絵

友人たちが彼女につけたあだ名は「レジェンド・ユウカ」。結婚市場に残された最後の掘り出し物という意味だと説明されたが、たぶん揶揄する意味もある。妥協を知らない彼女が最後にどんな男と結婚をするのか、既婚の友人たちは全員興味深げにユウカさん...もっと読む

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Woo_Joe715 高畑の再登場はすごく嬉しい…台詞がくすぐられちゃう 3日前 replyretweetfavorite