ただいま、世界じゅうのみなさん(後編)

エッセイストとして、これまで自身の過去やセクシュアリティと向き合ってきた 少年アヤさん。そんな彼がなにもかも捨て、書く仕事すらやめて骨董品屋で働いていた日々の記録を始めます。 これは「ぼく」が、ものや人を通じて、「生」を組み立てていくものがたり、 のようなエッセイ、のようなもの。

本連載は、今回が最終回です。ご愛読ありがとうございました。9月に河出書房新社より単行本が刊行予定です、どうぞお楽しみに!


 しかし、2001年はあっというまに終わってしまった。きっかけはニューヨークで起きたテロだった。
 あの日を境に、どんどん憎悪へと振り切れていった世界をまえに、父はそれまで一緒に笑って観ていたパワーパフを避けるようになった。
「なあ裕一郎、もし悪いやつがいたとして、なぐって殺して、それでおわりでいいと思うか?」  父の目は異様に血走っていた。かなしそうにも、怒っているようにも見えた。
 ブラウン管のなかでは、悪い猿のモジョ・ジョジョが、脳みそをぶちまけて倒れている。悪魔のヒムや、モンスターのファジー・ラムキンズも同様だ。くたばったヴィランズが折り重なったそのてっぺんには、ちいさなガールズが誇らしげに立っている。

 冬のはじまりになると、妹は進学塾に通いはじめた。母はそれにつきっきりになり、休日になっても東京なんかへ遊びに行こうとは言わなくなった。いま思えば、地域や小学校の煮詰まった人間関係や構図から、なんとか妹を逃がしてやろうと、母なりに必死だったのだと思う。
 しかし、だからこそ妹はつらそうだった。

 地上波でのパワーパフの放送はクリスマスのまえに終わり、次の年の春からぼくは中学生になった。あまり語りたくないけれど、ぼくにとって地獄の思春期、そして中学時代だ。
 楓は進学校に進み、お父さんが自衛隊だったハリーはアメリカに帰り、つるちゃんはだれにもなにも言わず、とつぜん学校へこなくなった。もうだれもぼくとはあそんでくれなかったし、守ってもらえることもない。あらゆる矢は好きなだけぼくに降りそそいだ。
 夏にはガールズが街じゅうを走り回ってめちゃくちゃにするという映画が公開されたけれど、やはりニューヨークでのテロを連想させるという理由で、ろくな批評をされていなかった。興行収入もあまりよくなかったはずだ。
 それから雪崩のようにワーナーブラザーズスタジオストアが閉店し、原宿や渋谷にあった雑貨屋も次々とつぶれ、グッズが手に入りにくくなった。ライセンスをとったいくつかの日本企業がグッズを出すようにはなっていたけれど、ぼくにとってそれらはちっとも魅力的ではなかった。だってアメリカの匂いがしないんだもの。

 煙のように消えてしまった2001年に戸惑いながら、ぼくはひとりも友だちのいない教室で、どんどん変化していく肉体をただ持て余していた。よりによって、ぼくは声変わりをするのが学年で一番早かった。
 子どもの時代がおわる。なにひとつ満足できないまま、身体ばかりがおとなになっていく。
 まるでこころと身体が、どんどん引き剥がされていくような日々だった。距離は無限に開いていくばかりという気がしたし、実際にそうなった。
 そしてある日、ぼくはあんなに夢中になってあつめたパワーパフのグッズを、ゴミ袋いっぱいにまとめて捨てた。なんの感慨もなく、感情なんてすこしもないみたいな顔をして。
 あのとき、ぼくは2001年と、いまという時間と決別したのだと思う。それはすなわち、肉体との決別でもあったはずだ。
 こころをうしなった肉体は、あれから16年後の未来になって、とうとう消え去ろうとしている。


 翌日、ぼくはジリジリと焼けつくような太陽のしたを、原宿に向かって走っていた。2001年の残骸を捜しにいくためだ。あるいは、確かめにいくためだ。ほんとにぼくの11歳が、存在したのかどうか。

 首都高に覆われた薄暗い甲州街道をまっすぐに進み、山手通りにぶつかったらそれて、ぐわんと湾曲した道を波にしがみつく海賊船みたいに進んでいく。富ヶ谷に出たら、井の頭通りの坂を一気にのぼり、代々木公園の、人の匂いのしすぎる緑に飛びこむ。

 木漏れ日のなか、いくつもの光のつぶを身体に受けながら、ぼくのこころは本当に、11歳へ帰っていくようだった。

 ところが、汗だくになった辿り着いた竹下通りには、あのころ通っていた雑貨屋なんてひとつもなくなっていた。いちばん好きだったカニバルズの跡地もはっきりとは思いだせず、ぼくは高校生や外国人観光客でにぎわう竹下通りで、なにもかもが白昼夢みたいな気分を味わった。単に熱中症だっただけかもしれないけど。
 なんとなく目に入った雑貨屋に入ってみると、割高なマイリトルポニーやバービーの雑貨に混ざって、すこしだけパワーパフのグッズも売られていた。ステッカーに、トレーディングカードに、ブート品のキーホルダー。
 どれも埃をかぶっている。

 ぼくは吐きだされるように竹下通りをあとにして、キディランドへ向かった。

 キディランドにも、当時はパワーパフのグッズがたくさん売られていた。1階のいちばん目立つコーナーにところ狭しと並べられていて、都内のどのお店よりも華やな雰囲気だった。しかしいまはその場所に、ふなっしーが並んでいる。なんとサインまである。ぼくは店に入ろうともしなかった。
 そのまま歩いて渋谷にも行ってみたけれど、ブリスターも、まんがの森も、ザ・コミックスもどこにもなかった。わかってはいたけれど、結構堪える。
 路地裏で自販機の水を飲みながら、新宿のトライソフトについて調べてみると、お店はとっくに閉じていて、店長さんも10年ほどまえに亡くなったというブログの記事が出てきた。
 当時、お店に足を運んだことはなかった。けれど、パワーパフのグッズが売られていると聞いて、電話で通販を頼んだことがあったのだ。
 パワーパフでしたら、ビデオとアメコミの取り扱いがありますよ、と店長さんは教えてくれて、どういうのがあるか聞きたいのだけれど、まだローマ字だって習っていなかったぼくにはうまく説明ができない。
「髪の黄色い子が、にいって歯を出して怒ってて、パンチしてる絵のやつありますか」
「あと、紫いろの背景のなかで、ガールズがこわがった顔をしてるコミックありますか。リボンの子がまんなかにいます」
 わかりづりらいことをぐしゃぐしゃと言っていただけなのに、お兄さんは的確にそれらを揃え、きれいに包装をして送ってくれた。おまけにトレーディングカードまでつけて。
 新品のビデオとアメコミからは、やっぱりアメリカの匂いがした。東京の匂いも。だけど、あのとき買ったテープもアメコミも、お店も、やさしかった兄さんももういない。
 街は痛むことなく、あたらしい景色、あたらしい人波を受け入れている。あのときあったもの、売られていたもの、それを買っていたひとたちの気持ちはどこへ行ったのだろう。あれだけ結びついていた友だち、家族との時間は、どうして消えてしまったのだろう。
 いまはすぐに流れて消える。フォーエバー21にだって永遠はない。

 ぼくは神宮前の交差点脇に停めてあった自転車にまたがり、もうひとつ当時のぼくにとって特別な場所に向かって走りはじめた。お台場だ。
 お台場も、ぼくにとってはあのころを象徴する場所だった。原宿や銀座であそんだあとは、はやめの夕食を月島でとって、お台場の海岸を散歩するのが決まりだったのだ。
 あの頃、お台場は近未来の要塞のようだった。これからもっともっと、見たこともないような建物が作られて、SF映画みたいな都市ができあがるんじゃないか。海はもっときれいになって、赤や青にもなっちゃうんじゃないか。チカチカ点滅するフジテレビの球体を見上げながら、いつもそう思った。ぼくにとって唯一、未来を信じられるところだった。


 16年ぶりにたどり着いたお台場は、渋谷や原宿とちがって、まったくと言っていいほどなにも変わっていなかった。なにも変わらないまま、抜け殻のように、なにかを失いかけていた。
 砂浜には黄昏れるカップルがたくさんいて、当時のぼくたちみたいに、犬を連れて歩く家族連れもいる。フジテレビは相変わらずおおきいし、ショッピングモールも充実していた。自由の女神像のまわりには、記念撮影をする旅行者であふれている。
 けれど、なにか理想形になりそこねた、街というものになりそこねたままほろんでいく都市の、人々の夢の気配が、そこらじゅうに漂っているのだ。

 すぐに浜辺に入っていく気になれなくて、科学館やビックサイトのある方にまで足を伸ばしてみると、平日のせいか人通りもなく、車さえろくに通ってはいなかった。裂けたコンクリートからは草が飛びだしていて、まるで抜け殻になってしまった街のかなしみをそっとなぐさめながら、あるべき形へ還そうとしているようだった。その隣では、すずめがひとりしんでいる。

 勇気を出して浜辺に戻ると、あのころよくコーラを買ってもらっていた売店がまだ残っていた。ネオンもなにも変わっていない。
 朝からなにもたべていなかったぼくは、コーラと、ついでに500円のフライドチキンを買って、砂浜に腰掛けて黙々とたべた。

 そして、広い砂浜をたのしそうに駆け回っていたジュディのことを、もう世界のどこにもいないジュディのことを、しずかに思いだしていた。

「2001年だったよ」

 めぐるに電話をすると、徹夜明けだという彼女は寝ぼけた声で言った。

「なに、今度はどうしたの」

 ぼくはピンク・レディーの歌のこと、古着屋で出会ったブロッサムのぬいぐるみのこと、そして11歳のころの出来事をかいつまんで話した。すべてをゴミ袋に詰めて捨てたことも。

 するとめぐるは、ぼくのなかの糸をほぐすように言った。

「ぎゅっとしすぎて見えなくなっちゃうことってあるよ。ゆうちゃん、ほんとに2001年が大切だったんだね。捨てたふりなんかしちゃってさ」

 うん、と答えた声が、みっともなく揺れていた。慌ててコーラを飲み込んで、センチメンタルを押し流してみる。

「それで今日は、一日じゅう2001年を捜してたんだ。けど、もうどこにもないの。2001年は終わったんだ。ぼくは今日、そのことがやっとわかった気がするよ」

 目の前にはすばらしい夕焼けがあった。白いマルチーズが、得体の知れない泡の浮かんだ東京湾に飛びこんで、たのしそうに尻尾を振っている。

 旅のおわりに、ぼくは銀座へ寄ってみることにした。ワーナーブラザーズスタジオストアの跡地を見るためだ。
 ワーナーブラザーズスタジオストアは、なんとアップルストアの本店になっていた。まっしろな食べかけのりんごが、ぼくに警告するように光っている。ここまでくると、罪とか罰とか、なにか意味を見出すのもばからしかった。あまりにもできすぎているんだもの。
 ぼくは勇気をだして、すれ違ったよそいきの熟年夫婦に撮影を頼んだ。
「ご旅行ですか?」
 奥さんのほうにそうたずねられて、手ぶらでボロ着のぼくはちょっと戸惑った。
「いえ、でもちょっと思い出があって」
「あら。そうですか」
 旦那さんのほうは、はやく終わらせろとばかりに、奥さんのうしろでむずかしい顔をしている。
「はい、では撮りますよ。さん、に、いち」
 はげしいフラッシュに、ぼくの全身がつつまれていく。まるでお迎えの光だ。

 そっか。これでおしまいか。

 ふうーっと息が抜けていく。なんだか変な気分だった。

 2001年はどこにもなかった。最後の最後まで、ぼくはほしいものにたどり着けなかったわけだ。

 もし、叶うならこの光に乗って、11歳に帰りたい。あのころのワーナーブラザーズスタジオストアに帰りたい。
 そして母に会いたい。父に会いたい。妹に、ジュディに会いたい。楓に、つるちゃんに、ハリーに会いたい。いじめっ子たちにも会いたい。


 だけど、光の余韻がほどけ、熟年夫婦が立ち去ったあとも、アップルストアはアップルストアのままだったし、ぼくは26歳の、それなりに若さを失いつつある青年だった。

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ぼくは本当にいるのさ

少年アヤ

痛みと共に捨て去った、ひかりをぼくは取り戻す―― エッセイストとして、これまで自身の過去やセクシャリティと向き合ってきた 少年アヤさん。そんな彼がなにもかも捨て、書く仕事すらやめ、骨董品屋で働いていた日々の記録を始めます。 これ...もっと読む

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コメント

amefuris https://t.co/awpsFHnkA2 3ヶ月前 replyretweetfavorite

honya_arai 《いまはすぐに流れて消える。フォーエバー21にだって永遠はない。》 4ヶ月前 replyretweetfavorite

hagiwararui 泣いちゃった。 4ヶ月前 replyretweetfavorite

piisyuke うっかり星乃珈琲店で泣いてしまうところだった…!書籍化したら絶対買おう。 4ヶ月前 replyretweetfavorite