■技術32 話をきれいにまとめる必要はない
「粗にして野だが卑ではない」
城山三郎さんの小説に『粗にして野だが卑ではない』があります。僕はこの本が本当に好きで、以前城山さんに別件の取材でお会いした際には一冊持参し、サインをねだるという公私混同をしたほどです。
主人公の石田禮助は明治十九年に静岡県松崎町の網元、石田房吉の次男として生まれました。網元といっても石田家は小田原北条以来の旧家で、社や寺も創建していて、本家、分家合わせると、九十八もの墓をもっているといいます。
父の房吉が沼津選出の貴族院議員、江原素六と親しくしていて、その関係から禮助は江原が創設した麻布中学に入学、その後、東京高等商業学校(後の一ツ橋大学)に進み、卒業後は三井物産に入社します。 シアトル、ボンベイ、大連、カルカッタ、ニューヨークの支店長を歴任して実績を上げ、結局社長にまでなるのですが、この石田禮助が実に面白い人物なのです。
どんなにえらくなっても、自分のことを「マンキー(山猿)」と呼び、偉ぶることがありませんでした。太平洋戦争には最後まで反対したし、戦後、七十八歳で財界人から初めて国鉄総裁になったときは給料辞退を申し出た。国鉄の迎えの車には乗らず、電車で通勤して、その無料パスも断っている。パブリックサービスということが常に念頭にある、清廉、気骨、正義の人なのです。
歯に衣着せない発言で物議を醸すけれど、損得で動いているのではないということが周囲にも伝わっている。もしも今、日本の政界や財界のトップにいたら、僕は気になって、何度も番組にお呼びしたのではないかと思います。
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