「赤瀬さん、いまどこにいますかね」
どこかにヒントでも落ちていないかと思い、答えを待つ。
「さあ。あいつも頑固だからなあ。連絡を絶ったのなら、意地でも自分から連絡しないだろうし」
「接触する方法は」
「家族を探して聞くぐらいかな」
実の娘の静枝とは、もう会っている。その方法では探せないことが判明している。行方についての情報は、今日は諦めるしかないだろう。
「赤瀬さんは、どういう人でしたか」
赤瀬自身について、もっと知りたかった。人となりを聞くことで、なにか分かるかもしれない。それに静枝は赤瀬と会うことを望んでいる。大丈夫な人間か、事前に聞いておきたかった。
「頑固で強情で、自分の考えを証明するためなら、すべてを捧げるような奴だった。まあ、犠牲になった嫁さんと子供には同情するよ」
必ずしも善良な人間というわけではなさそうだ。
「赤瀬さんは、どんな考えを持ってゲームを作っていたのですか」
田沼は、壁に貼られたポスターの一つを指差す。そこには笑顔の子供たちのイラストがあった。
「子供、ですか」
「子供の創造性とか言っていたな。彼らを信頼して、ゲームでそれを引き出す。そのために最高のゲームを作る。あいつは、そう口にしていたよ」
灰江田はポスターを見上げる。子供を尊重していた赤瀬は、自分の娘を捨てて行方をくらませた。いったい、どういう思いで、どこに消えたのだろう。灰江田は、それから一時間ほど田沼の話を聞いて、事務所をあとにした。
◇
鬼瓦第三ビルの二階、一番奥の六畳ほどの狭い事務所。コーギーは、紐で綴じた分厚い手書きの資料を繰りながら、ノートにメモを取っている。月曜日に山崎が、当時の資料やプログラムを持ってきた。それらを部屋にこもって見ているのだ。社長の灰江田は、ファミコン時代の関係者や古参の業界人のもとを回り、情報を集めている。おかげで室内はひっそりしており、集中するのには持ってこいだった。
古いゲームを移植するには、大きく分けて二つのやり方がある。一つは静枝と同じように、エミュレーターを利用して移植する方法だ。もう一つはプログラムを新しく作り、現在のデバイスに合わせてリニューアルする方法である。
開発費を節約するなら前者だろうが、海賊版と同レベルのものになる。それにエミュレーター方式は、古いハードの模倣という無駄な処理が入ってしまう。最近の処理速度の速いマシンなら処理落ちはしないが、それでも気になるのが開発者というものだ。またエミュレーションしたからといって、それが完全なプレイ感の再現になるわけではない。
たとえば画面。まず解像度が違う。ファミコンゲームの画素数は、横二百五十六ドット、縦二百四十ドット。それに対してフルハイビジョンの画素数は、横千九百二十ドット、縦千八十ドットだ。スマートフォンでも、高精細のディスプレイは、これと同じぐらいになる。そうした画素数に対して、ファミコンの画面は小さすぎる。そのため元のドットを引き延ばして表示する必要がある。グラフィックスを新調して、現代風にする場合もある。それだけではない。画面の縦横比が異なる場合は、描画がおこなわれない余白部分ができる。黒いまま済ませる、背景を入れる、縦横比を変えるなど、対策を決めなければならない。
また、当時のブラウン管テレビと、現在の液晶ディスプレイでは、色の見え方が大きく違う。ブラウン管テレビでは色がにじんで見える。ファミコンは五十二色のパレットから選んだ、バックグラウンド十三色、スプライト十二色の、最大二十五色しか発色できない。このように少ない色数だが、ブラウン管テレビのにじみを利用して、独特の雰囲気を作り上げていた。その色合いの再現を目指すのかといった判断も必要になる。
そして、なによりも大きいのが入力の部分だ。専用ゲーム機はよいのだが、今回の移植仕事に含まれるスマートフォンが問題だ。十字ボタンやABボタンといった物理ボタンを備えた当時のコントローラーと、スマートフォンのタッチパネルとでは、反応速度も操作性も異なる。この違いがアクションゲームやシューティングゲームではネックになる。
素早くミスのない入力ができるか。物理ボタンからの入力を直接処理するファミコンではそれができた。タッチパネルからの入力をOSが受け取ったあと、アプリに伝達するスマートフォンでは、タイムラグがあり難しい。さらにユーザーにとって、ボタンを押したという物理的な手掛かりがないため、押したかどうか瞬時に分からない。そうなると思いどおりに操作できず、ゲームの難易度は上がり、ユーザーはイライラする。入力方法を工夫するか、ユーザーの操作をアシストするか、ゲーム自体の難易度を下げるか、なんらかの配慮をしなければ、ストレスがたまってしまう。
そうした考慮すべき点があるとはいえ、気持ちの負担は軽い。今回の移植は、いつもと違い、きちんとした資料とソースコードが揃っている。バイナリを解析したり、メモリを確かめたりしながら復元しなくてもよい。
さて、どのように移植を進めるか。まずは全体像を把握する必要がある。そう思い、資料を読み、アセンブラのプログラムを確かめて、方針を立てようとする。
しばらく考えているうちに煮詰まってきた。事務所を出て、一階に下りる。すでに辺りは暗くなり、扉の前の立て看板に、灯りがともっている。コーギーは店の奥のテーブル席に着き、コーヒーを注文する。
「今回の仕事、上手くいきそうなの」
コーヒーを持ってきてくれたナナが尋ねてきた。
「僕の方は大丈夫ですが、灰江田さんの方が」
「だらしないわね、あの男は」
ナナは腰に手を当て、怒った顔をする。
電話が鳴った。自分のスマートフォンだ。灰江田かと思うが、名前が表示されていない。誰だろうと思い、電話に出た。