一九〇六年のクリスマスキャロル

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

だが、我々は考えすぎなのかもしれない。好きな人から返事がこない理由を悶々と考えるとき、人は往々にして過度に複雑で、無用に楽観的または悲観的な仮説を作り上げるものである。たいていの場合、真実はもっと単純だ。

おそらく、最も単純な仮説はこうだ。我々が短気なだけではなかろうか?

たとえば、ある人にメールを送る。そのメールがインターネットを介して相手に届くまでに、おそらく0.1秒程度かかるだろうか。ならばたとえ自動応答でも返事が届くまで0.2秒かかる。我々は単に、送ってから0.2秒すら待たずに「まだ返事がこない」とやきもきしているだけではないか?

映画化もされたカール・セーガンの小説『コンタクト』にあったように、宇宙人が地球文明の存在に気づくとしたら、ラジオやテレビの電波を受信することによる可能性が高いと思う。なぜならそれは人類が発信した最初の継続的で高強度の電波であるからだ。東京タワーのような電波塔からは全方位に電波が発信されるため、一部は空を抜け宇宙を旅する。それが、人類から宇宙へ向けて光の速度で送られた「メール」となる。

人類初のラジオ放送が行われたのは一九〇六年のクリスマス・イブだった。アメリカのマサチューセッツ州でクリスマス・キャロルと聖書の朗読が放送された。その電波は二〇一七年現在、地球から111光年の位置を飛んでいる。もし仮に、地球から100光年の位置に地球外文明があって、一九〇六年のクリスマス・キャロルを聴いたとしよう。すぐに地球へ向けて返事の電波を送っても、それはまだその星から11光年の距離しか旅していない。地球に届くまでにはあと89年かかる。

このような理由で、二〇一七年現在までに地球に返事が届くには、文明が地球から55光年以内になくてはならない。この範囲にある星の数はたった1500。銀河にある星の約一億分の一でしかない。まだ返事が来ないのは、ただ単に最寄りの文明が55光年より遠いだけだからかもしれない。

では、どれだけ待てば返事は来るのだろうか? 一九〇六年のクリスマス・キャロルは、今この瞬間も光の速度で宇宙に広がり続けている。もしかしたら明日返事が来るかもしれない。来年かもしれない。あるいは、百年、千年、一万年待たなくてはいけないかもしれない。

面白いのは、返事が来うる範囲にある星の数が、待ち時間の三乗に比例して加速度的に増えることだ。つまり、2倍待てば8倍、3倍待てば27倍、10倍待てば1000倍の星から返事が来うるということだ。理屈は単純だ。地球の電波の到達範囲は、ちょうど風船が膨らむように光の速さで球状に膨らむ。その球の体積は半径の三乗に比例する。地球近傍の星の密度が一定ならば、球に含まれる星の数も三乗に比例して増える。

まだ人類は百年しか待っていない。だからまだ1500の星しか圏内にない。もう百年ほど待てば約一万の星がこの圏内に入る。西暦二三〇〇年頃まで待てば十万、二八〇〇年頃まで待てば百万になる。きっとその中には、一九〇六年のクリスマス・キャロルに興味を惹かれる文明もあるのではなかろうか?

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宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

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yestarina 文脈は「探す」から「待つ」へ。 "しかし、「待つ」とは何を意味するのか?  それまでに滅んでしま… https://t.co/0F4B1FWk97 約2年前 replyretweetfavorite

uchu_kyodai NASAの研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 約2年前 replyretweetfavorite