虚空に放たれたラブ・ソング

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。


太陽系外の星々の世界に向かう船があった。既に何度か登場したボイジャー姉妹である。天王星・海王星に行くにしてもそうでないにしても、 二機ともいずれは太陽の重力を振り切って星間空間を永遠に旅する軌道に乗ることが、打ち上げ前からわかっていた。

確率は低いが、もしかしたらボイジャーは宇宙人に遭遇するかもしれない。そんなイマジネーションから、打ち上げ九カ月前の一九七六年十二月、JPLはカール・セーガンにある仕事を依頼した。姉妹に託す「宇宙人への手紙」をしたためる仕事だ。

宇宙人への手紙に何を書くべきか。もちろん、太陽系にいかなる惑星があるか、地球の直径や質量はいかほどか、大気の組成は何か、そこに住む生物や人間はどんな体を持ち、遺伝情報はいかなる形で伝達されるのか、そんな科学的な情報を宇宙人は知りたがるだろう。だが、セーガンはこうも考えた。

「ボイジャーが出会う文明は、科学について我々よりはるかに多くを知っているだろう。ただ科学的情報だけではなく、我々の何かユニークな面を伝えるべきではないか。」

セーガンはドレークに相談した。「ドレーク方程式」のドレークだ。ドレークはこんな意外なアイデアを出した。

「音楽レコードを送ってはどうか?」

レコード、と言っても若い世代の読者の方にはピンとこないかもしれない。現代では音楽はスマホやiPodやインターネット配信で聞くのがほとんどだ。僕はCD世代だった。中学の頃、好きだったミスター・チルドレンの新曲を首を長くして待ち、発売日の学校帰りにレコード・ショップに寄って、アーティスティックなジャケットに包まれた12㎝の光学ディスクを買い、胸を躍らせて家に帰った。小遣いは月4千円だったから、3千円のアルバムはなかなかの出費だった。

僕の一世代上はレコード盤で音楽を聴いた。CDよりかなり大きい、直径17㎝ないし30㎝のビニール製のディスクで、その表面に無数の細かいギザギザがあり、針でそのギザギザをなぞることで録音された音楽を再生することができた。

宇宙人が人間の文字を読めるわけはあるまいが、レコードならば音を直接送れる。音楽も入れられる。ドレークのアイデアは採用され、LPという規格のレコード盤がボイジャーに乗せられることになった。表面は長旅での劣化を防ぐために金メッキされたため、「ゴールデン・レコード」と呼ばれた。

宇宙人へ音楽を送る。なんと美しいアイデアだろう。音楽は人類の想像力と創造性の結晶だ。音楽は人の美意識や豊かな感情を直接伝えられる。音楽は言葉や方程式では決して表現できない、人類の真にユニークな側面を伝えることができる。

このレコードはいわば「人類のベスト盤」だ。世界中の数ある名曲からたった27曲を厳選するのは大変だったに違いない。もしあなたならば、どの27曲を選ぶだろうか?

ゴールデン・レコードに収録されたのは、たとえばモーツァルトの『魔笛』の一曲やベートーベン『運命』の冒頭部。ストラヴィンスキー本人がタクトを振った『春の祭典』、グレン・グールドが情熱的に解釈したバッハの『平均律クラヴィーア曲集』、ルイ・アームストロング『メランコリー・ブルース』の哀愁漂うトランペットの音も収録された。

もちろん西洋音楽だけが音楽ではない。27曲中14曲は世界の民族音楽だ。日本からは人間国宝の尺八奏者・山口五郎による『巣鶴鈴慕』という曲が収められている。

次ページに全収録曲を示した。「人類ベスト盤」に必ず入るべきあるアーティストが抜けているのに、お気づきだろうか?

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

コルク

この連載について

初回を読む
宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

tipi012011 実はずっと気になっているが、宇宙って音伝わらないのに、どうやって聞かせるんだろう?⇒ 約2年前 replyretweetfavorite

uchu_kyodai NASAの研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 2年以上前 replyretweetfavorite