#七瀬真紀 #16歳 #高校生 #同じ中学のイジメられっ子
「あいつ、またひとり言つぶいてない?」
「どうせマンガの台詞かなんかじゃないの」
昼休みをいつも教室の隅で過ごす奥村望は、まるで空気と同じくらいに存在感が薄い。
そのせいか、たまに自分で生存確認するみたいに独り言を呟く癖があって、クラスのみんなから気味悪がられていた。
同じグループのマナミが奥村をからかうように笑ったから、私もそれに合わせて、口角をぎゅっと持ち上げる。
奥村は背が低くて、一年中女の子みたいに肌が白い。
教室で目立たなくするためなのか、できるだけ首を曲げ、体を縮めたまま動かない。
ボールをぶつけられても、机を倒されても、奥村はひとり言を呟き続ける。
それはなにかの呪文だとか、マンガの台詞だとか色んな説があったけど、その真相は多分、同じ中学出身でも私しか知らない。
奥村が呟いているのは、Twitterに書きこむクラスメイトの悪口だった。
——Yは後ろで女子と喋る声がうるさいから死刑。
——Tは背が高いからって見下してくるから死刑。
——ついでに一緒にいるNと女子二人も、こっちを笑って見てくるから死刑。
奥村は机の陰で素早く文字を打ち、呼吸するみたいにTwitterを更新する。
私が「呪われたアヒル」のアカウントを知ったのは、中学二年のときだった。
隣の席だった奥村のスマホの画面が、たまたま見えた。
アイコンは子供がお風呂で遊ぶアヒルの玩具で、アカウントは鍵をかけていた。
当時から奥村のタイムラインは同級生や先生の悪口ばかりで、私は裏アカウントでフォローして、時々、暇つぶし程度にチェックした。
マンションに帰ると、両親はまだ帰っていなかった。
部屋のベッドに寝転ぶと、私はひさしぶりにTwitterで奥村のアカウントを検索した。
教室でイチャつくカップルを四六時中発情する猿にたとえ、休み時間に連れ立ってトイレに行く女子をペンギンの群れにたとえて、教室全体を動物園に見立て、相変わらず毒の効いた悪態をついていた。
言葉遣いの悪さと的確さは、むしろ以前より拍車がかかっていた。
タイムラインを一ヶ月ほど遡ったところで、マナミからLINEが届いた。
「明日、米林たちとカラオケいかない?」
キャラクターのスタンプを押して、オーケーを送る。
奥村は相変わらず、バカみたいだった。相手に面と向かって言えないことをこんなところに垂れ流してもしかたないのに。
だったら、私もフォローを外せばいいのに、それを読むうちになんだか清々しい気持ちになって、気づけば夜遅くまで読んでしまった。
#奥村望 #15歳 #高校生 #唯一本音をさらけ出せる場所
「おまえのペン貸せよ」
「……断る」
「いいから、貸せって」
同じ班の米林は先生に聞こえないように呟いて、俺のペンケースからボールペンを抜きとる。そして隣の席の奴とにやにや笑いながら、ペンの持ち手をバーナーの青い火にかざした。
プラスチックの容器はみるみる溶け出して、軽くひねるだけで簡単に曲がった。
理科の実験は、いつも苦痛だった。
先生が実験の手順を話し終わると、使えなくなったペンが転がってきて、手に当たる。
俺は無性に腹が立ってきて、気づいたらまたひとり言を呟いて、それを聞いた後ろの班の女子がガサツな笑い声をあげた。
「アイツ、また宇宙と交信してるんですけどー」
これに比べたら、ペアを組む相手のいない体育のほうがずっとマシだった。
俺は、クラス全員が嫌いだった。
こいつらも教師も、親も、この世界そのものが憎かった。
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