アメリカのマイケル・フランクスという歌手の『ザ・レイディ・ウオンツ・トゥ・ノウ』という美しい曲がある。
この歌の中では彼女は「なぜ彼が去ってしまったのか」とずっと理由を知りたがっている。
十一月の寒い夜には、こんなマイケル・フランクスの温かい歌声があうだろうと思い、このレコードをかけると、バーの扉が開いた。
入ってきた男性は、コートを脱ぐと、スーツの上からでも胸板の厚さがわかった。おそらく若い頃にスポーツをしていて、今でも身体を鍛えているのだろう。髪の毛は短く刈り上げにし、真っ直ぐこちらを見て人なつっこい笑顔で「こんばんは」と言った。
私も彼の笑顔につられて少し微笑み、「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」と返す。
彼は目に付いた私のすぐ前の席に座り、鞄を足下におき、ネクタイを少しゆるめ、ゆっくりと店内を見回し、最後に私の方を見た。
「マスター、こんな注文ちょっと迷惑かもしれませんが、幸せな恋人たちにぴったりのワインって何かあるでしょうか?」
私は少し考え、「レザムルーズ、フランス語で恋人たちを意味するブルゴーニュのワインがありますが、いかがでしょうか」と答えた。
彼は最初の人なつっこい笑顔を見せて、「それでお願いします」と言った。
私がレザムルーズを開けて大きなリーデルのブルゴーニュ・グラスに注ぐと、部屋いっぱいに華やかな香りが広がった。
「このワインのエチケットは、オーナーの息子さんの奥様が描いているそうなんですが、彼女は日本人なんだそうです。一家全員が日本びいきらしくて、そこの蔵のレザムルーズはほとんどが日本に輸出されるということです。日本の恋人たちに飲んでほしいんでしょうね」 私はボトルを彼の前に置き、説明した。
彼はレザムルーズのグラスをゆっくりと回し、香りを吸い込みこうつぶやいた。
「こんな感じです。彼女はまさしくこういう気品があって、そしてとてもチャーミングな存在だったんです」
「こういう女性に恋をしたんですか?」
「はい」
「その彼女とはどこで出会ったんですか?」
「高校生の時です。クラスに女優をやっている女の子がいました。中学の頃からちょこちょこテレビのドラマとかに出てたんですけど、高校生になってからは映画で主役とかもやり始めてて。
高校だけは出ろって親に言われてたらしくて、出席日数ギリギリで時々学校には来てたんです。