エピローグ 大きなバッグを抱えた男

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の師匠であり、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城が銃弾に倒れた。師匠を失った七海を取り巻くようにさらなる事件が起こり、そして物語は衝撃のラストへ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、感動の最終回。

羽田空港一三時四五分発福岡空港行、スカイマーク015便は、予定通り、出発の一五分から優先搭乗が始まっていた。

乳幼児がいる客など優先搭乗する乗客に混じって、大きなバッグを腹のほうに抱えた、挙動不審の男がスカイマーク015便に乗り込んだ。  
桐生七海はその男のことが少し気になったが、普通搭乗で搭乗した。

スカイマークが使用する機体はボーイング737―800と呼ばれる小型機だった。機内は中央に通路があって、左右に三席ずつシートが連なり、それが三一列あった。七海は後方の左の窓側の席「28A」席だった。約束の相手は、その隣、「28B」に来ることになっているが、待合室にはそれらしき姿は見当たらなかった。

その辺りだろうと思った場所に、先ほどの大きなバッグを腹に抱えた男が座って、じっと七 海のほうを見ていた。なるべく、目を合わせないようにした。  
男は七海のちょうど前の席、「27A」に座っていた。前の男は後ろから見ると、座席からはみ出すほどに大きかった。まだ、大切そうに大きなバッグを腹に抱えているようだった。  
落ち着かなく、一人で何かブツブツと言っていた。

キャビン・アテンダントたちも、彼の様子をしきりに気にしているようだった。  
何度も座っては立ち上がり、トイレと座席を行き来した。そのたびに、通路側に座っている女性が迷惑そうな顔をした。  
男は、キャビン・アテンダントに何度も言われて、仕方なさそうに、胸に抱えた大きなバッグを渡した。キャビン・アテンダントはそれを預かり、男の頭上の荷物入れに収納した。しばらく、男は心配そうに、頭上を見つめ、また、ガチャガチャとベルトを外して立ち上がって、トイレに向かった。ついに、通路側の女性は、その男がトイレに行った􄼱にキャビン・アテンダントに申し出て、空いている後方の別の席へと移っていった。

七海は、前の席に座るその男が気になって仕方がなかった。気を紛らすために、買ってきたばかりの『殺し屋のマーケティング』を開いた。  
隣がまだ空席なのも気になった。  
本当に、あの男は、この飛行機に乗るつもりはあるのだろうか。そして、この飛行機は無事に福岡に着くのだろうかと、無性に不安になった。  
出発予定時刻の五分前になって、ようやく、隣の席に座る男が現れた。  
やはり、七海が会ったことのある男だった。

「田園の哲人」、信くんだった。

あるいは、こう呼んだほうがいいかもしれない。コードメーカーと。  
父からコードメーカーの話を聞いて、もしかしてと思っていたのだ。そして、あの田園にはがきを送り、こうして会うことになった。  
彼にどうしても確かめたいことがあった。だから七海は危険を承知でこの飛行機に乗った。

七海が確かめたかったこととは、誰が西城潤を殺したのかということだった。  
ひなた写真館に飾られていたデス・ポートレートの中に、西城潤の写真はなかったことは確認している。つまり、涼が西城を殺したわけではないということだ。  
コードメーカーなら知っているだろうと思った。そして、あのときあの現場にいた信くんならなおさらのことだ。

「七海、久しぶりだね」

その男は感慨深そうに人懐っこい笑顔を浮かべて言った。  
たしかに、宮城に行って以来だから、あれから一年以上は経っている。

「ああ、その本、読んでいるんだね」

男は七海の膝に置いた『殺し屋のマーケティング』を指して言った。

「僕が編集した本なんだよ、売れているようでよかった」

信くんは、日に焼けた顔をまた綻ばせた。

「あなたが編集したですって?」

にわかには信じられなかった。田園の哲人が、本の編集をするとは到底考えられない。

「どうしても、秋山君に書いてもらわなければならなかったからね」

「なぜ、秋山さんに書いてもらわなければならなかったんですか?」

書いてほしい、ではなく、もらわなければならなかったと言ったのが七海は気になった。  
簡単な話さ、と男は実に簡単そうに言った。

「僕が自由になるためだよ」

会話をすればするほど、七海は、ますます、隣に座る男のことがわからなくなった。  
まもなくキャビン・アテンダントによる脱出のためのミニ機内研修が始まった。  
その間も、前に座る男は落ち着かなかった。もう機体が走り出しているというのに、ベルトを外して立ち上がろうとし、

「お客様、危険ですのでお座りください」

と、キャビン・アテンダントに注意されていた。それでも、一、二分するとまたベルトを外そうとした。そのときはもう滑走路に入っていて、キャビン・アテンダントもそれぞれの席についていたので、「お客様、危険ですのでお座りください!」 と、ほとんど怒声だった。

「心配かい?」

隣に座る男は、七海の表情を窺いながら言う。

「逆に、心配じゃないんですか?」

大丈夫、と男は余裕の表情で言った。

「彼は心配ない。ご病気のお母さんに会いに行く途中なんだよ。そして、上に上げられたバッグの中には、そのお母さんが大好きだったメロンパンがぎっしりと詰まっている」

「どうして、そんなことまで……」

七海が男を見ると、男は愉快そうに笑ってみせた。

「まさか、この飛行機に乗っているすべての人の情報を—」

七海がすべてを言う前に、まさか、と男は実におかしそうに笑った。

「いや、僕は臆病だからね、怖くて調べさせたんだよ。この飛行機に普通に乗れたということは、何らかの原因で精神科病院などに通うようなことがあったとしても、症状はひどくはないつまり、働いているんじゃないかと思ってね、そういった人たちを雇い入れる施設でね。まずは仮説として、そうではないかと置き、もう一つ、母親か誰か大切な人の具合が悪いんじゃないかって仮説を置いてみたんだ。そこまで情報を絞ると、いたんだよ。とある長野の企業にね、彼の名前があった。座席番号を調べるのは、僕にとっては至極簡単なことなので、名前と照合して、間違いないとわかった。それで、連絡を入れさせたんだよ、その施設に、前の座席に座ることになっているんだけど、大丈夫かって。そしたら教えてくれたんだ」

「でも、それを短時間で?」

「まあ、だから出発時間直前になっちゃったんだけどね、僕にはチームがいるから」

「チーム?」

「情報解析チームだよ。僕が情報を知りたいときに瞬く間にあらゆる情報を調べてくれるスタッフが世界中にいて、僕の代わりにすべてを調べてくれるんだよ」

なるほど、臆病が情報収集の原点になるのかと七海は思った。

「それにしても、宮城で会ったときより、ずいぶんと喋るようになりましたね」

少し、嫌味に聞こえるように七海は言った。

「そうかな、変わらないと思うけど」

その男はケロッとした調子で言った。  
変わらないですって、と七海は内心思う。あのときとはまったくの別人のように思えた。それは、ただ、七海のほうが見方を変えただけかもしれなかったが。

スカイマーク015便は、ようやく離陸の順番になったようで、一気に滑走路を加速して、離陸した。少し、気流が乱れているようだった。機体が、ガタガタと音を立てて揺れた。

あのとき、と田園で会ったときのことを思い出して言う。

「著名人が会いに行っていたのって、先生じゃなくて、あなただったんですね」

海外からも著名人があの田園を訪れていたという。西城もその一人だったということだろう。  
誰が先生を殺したのか。  
核心の質問に入る前に、そういえば、と七海は思い出す。

「まだ、お名前を伺っていませんでしたね」

信くんと呼ばれているようだが、まさか、まだ「信くん」と呼び続けるのはさすがに失礼だろうと思った。

「コードメーカー」

と、男は言った。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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