はじめに
「海外も見られて、大きな仕事ができそうだ」
私が大学卒業後、三菱商事株式会社に就職することになったのは、商社に進む友人のその一言がきっかけでした。
慶應義塾大学工学部で応用化学を学んでいた私は、すでにとあるメーカーから内定をもらっていましたが、友人の言葉でがぜん「大きな仕事」に興味が湧きました。そこから再び就職活動を始め、ちょうど商社が理系人材も採るという流れにマッチしたこともあり、1973(昭和48)年、三菱商事に入ることができたのです。
三菱商事では主に化学部門を歩み、1996(平成8)年から7年間、同社のイタリア事業投資先会社の社長を務めました。この会社は、1981(昭和56)年にミラノに駐在した際に発掘して買収したものです。
そして2003(平成15)年8月、30年間勤めた三菱商事を退社し、異業種である森下仁丹株式会社に執行役員として入社します。私が52歳のときでした。その後、2006(平成18)年10月から森下仁丹の社長を務めています。
森下仁丹では、老舗企業の伝統にあぐらをかいていた会社の体質を改善し、業績をV字回復させました。
私自身の経験から見て、私は50歳を過ぎてからの挑戦でも遅いとは思いませんし、50歳過ぎの「オッサン」の可能性を信じています。
そこで、森下仁丹では主に40〜50代を対象とした「第四新卒採用」を2017(平成29)年度に実施しました。
「第四新卒」とは、「新卒」(大学などを卒業したばかりの人)、「第二新卒」(大学などを卒業してから企業へ就職したものの、3 年以内に退職した人)、「第三新卒」(大学院博士卒で未就労者)に対し、社会人として長年経験を積んだ人材を指して名づけた、当社のオリジナル用語です。
その結果、新しく採用した30〜60代が当社のカンフル剤となり、いま、まさに下の世代を活気づけています。
この「第四新卒」にあたる世代の人のなかには、「いまの会社でくすぶっていくしかない……」と、諦めの境地に至っている方も多いかもしれません。あるいは、活躍の場を与えられず、肩身の狭い思いをしている方もいることでしょう。
しかし、「転職したい」「もっと挑戦したい」と思っている方たちもまだまだ世の中にはたくさんいる——。この第四新卒の募集に対して、約2200人もの応募があったことからも、それを実感しています。
ポストオフ(一定の年齢に達したときに役職がなくなる人事制度)で給料が減らされても、いまの身分を保障してくれるほうがいいと考えている人が大半だと思いますが、少子高齢化や社会のグローバル化、ITの発達などで先の見通しが容易ではないなか、リスクがあっても新しい環境でチャレンジすることに価値を見いだす人も増えているのではないかとも思います。
2017年の秋、第四新卒採用で入ってきた10人は、森下仁丹の社員としてやってみたいことや、たくさんのアイディアを持っています。
いま私が期待しているのは、この10人の活躍のみならず、それが周囲の社員、ひいては社内全体に刺激を与えてくれることです。
このまま定年まで安泰だと考えていた既存社員の意識を、どれだけ変えてくれるのか。仕事に情熱を持って取り組み、結果を出す——そのように社員全員の意識が変わることで、森下仁丹をより社会に貢献できる企業にしていきたいと、私は願っています。
私自身の経験から言っても、50歳を過ぎていても、いくらでも人生は逆転できます。既成概念を壊すだけのチャレンジ精神を持ち、柔軟に意識を変えることさえできれば、まだまだ社会に貢献できるはずです。
私自身、未知の分野への挑戦を求め、安定した余生が約束された職場を去った人間の一人です。
私と同じように、何歳になっても仕事に対してハングリーさを抱えた人物の登場を、これからの日本の企業は求めているのではないでしょうか。
本書は、私が52歳で森下仁丹に入社してから取り組んできたさまざまなチャレンジ、そして「第四新卒採用」という新しい試みによって、老舗企業がどのように変わってきたかを書き記した一冊です。
まだ変革途中ではありますが、第四新卒世代が活躍できる「未来の日本」を考える一助となれば幸いです。
(次週に続く)