私は愛妻家の小説家。アイデアを思いつくたび、ノートにメモする前になんでも妻に話してしまう。妻は私のブレインであり、秘書でもある。編集者よりもよっぽど的確なコメントをくれるから、最初に原稿を読んでもらうのも妻だ。
あるとき名案を思いついて、私は妻に言った。
「『ステップフォードの妻たち』というアイラ・レヴィンが一九七二年に書いた小説があるんだ。ニューヨークから郊外の住宅地に、家族とともに引っ越してきた進歩的な女性が主人公。彼女はその街の女がみんな、ひたすら家事だけをこなす、男にとって都合のいい理想的な主婦なのを不審に思う。そこでフェミ仲間と一緒に調べたら実は……という話」
「ああ、ニコール・キッドマンの映画の原作ね」
「それはリメイクさ。一九七五年にキャサリン・ロス主演で映画化された方が、よっぽど原作に忠実だった。で、その話を男女逆転させて、舞台を現代のタワマンあたりに移したらどうかと思うんだ。 子育てに参加したがっている今風のイクメンが主人公。彼は妻の要求にこたえてタワマンの部屋を買って引っ越す。家事育児を妻とシェアしたいという、進歩的な考えを持っているんだ。けど、そこに住んでいる男たちはみんな、朝早くから夜遅くまで会社で働き詰めの社畜で、家事育児をいっさいやらない。そもそも共働き家庭がいない。唯一見つけたイクメン仲間と、まともなのは俺たちだけだなって、〝タワマン・パパの会〟みたいなのを作ろうとするんだけど、昼間のタワマンにはそもそも男がいないからメンバーが集まらない。そのうち唯一のイクメン仲間も子育てを奥さんに任せて、ダサいスーツを着て喜々として毎朝電車通勤するようになって、お前、どうしちゃったんだよ!? っていう」
妻はキッチンクロスで皿を拭きながらくるりとこちらを振り向くと言った。
「主人公は、育休でもとってるのかしら」
「そうだね。会社ではじめて育休を取得した男性という設定はどうだろう」
「黒幕は?」
「アイラ・レヴィンが書いたのは、ステップフォードの保守的な男性協会だったけど」
「じゃあ男女逆転版だと、黒幕はタワマンの保守的な婦人会?」
「そう。妻たちも実のところ、外で働くのは嫌なんだ。なんだかんだ言うものの、結局は昔ながらの専業主婦として生きて、子供が手を離れたら悠々自適にやりたいと思っている。それを狙っている。イクメン志向の主人公の妻も、夫は外で稼ぐだけのATMみたいな存在でいいと思ってる。そりゃ、稼ぎは少ないけど家事育児に積極的な旦那と、家にはいないけど充分に稼いでくる男なら、女は後者を選ぶだろう? 収入が少ないってだけで、男は結婚相手として見向きもされないもんさ」
「なるほど。オリジナルでは進歩的なのが女性で、保守的なのは男たちだったけど、現代版は男性が進歩的で、女たちは保守回帰しようとしてるってことね」
「ああ、どうだろう。鋭い視点で現代の問題をスマートに切り取っていると思わないか?」
「ダメね」
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