出産する前「子どもが産まれた先には、一体どんな苦労が待ち受けているのか」ということが知りたくて、育児にまつわる情報を収集していたのだけれど、結構あるあるだったのが「ワンオペ育児の辛いところは、話し相手がいないこと」「まだ言葉の話せない赤ちゃんと日中ずっと2人きりで過ごしていると、虚しさを感じる」という感想だった。
赤ちゃんと2人きりで過ごしていると、会話のない時間が続く。そうすると思考がどんどん煮詰まっていき、窮屈な気持ちになったりするらしい。外で働いている時のように、自分がしたことを人から認めてもらえる瞬間がないのも辛いらしい。
私はそれらのエピソードを読みながら「たしかに、話し相手がいないのって辛いのかもな」と思い、何年か前に観たテレビ番組の健康特集を思い出したりしていた。
その番組ではお医者さんらしき人が「人間にとって、声を出すというのはすごく大切なことで、健康維持のためにも定期的に会話をすることは重要。作家さんなど、ほとんど人と接することがないお仕事をされている方の場合は、書きながら鼻歌を歌うだけでも効果的。とにかく定期的に声を出すことが脳にもいいし、ストレスの発散に繋がるんです」的なことを語っていて、私はその時「なるほど、これは一理あるかもな」と思い、それ以来、定期的に声を出すことを大切にして生きてきた。
だから「たしかに、赤ちゃんを育てる時期って、基本的にずっと家にこもりっきりになる上に、話し相手がいない状況が数カ月から数年単位で続くから、キツイのかもなぁ」と、その辛さは想像がつくような気がした。
それで「よし、そのつもりで覚悟をして産もう。鼻歌で乗り切ろう」と気合を入れたりしていた。
しかし、実際に赤ちゃんと暮らすようになってみたら拍子抜けした。息子を出産して以来、むしろ私は、1日の大半の時間を喋って過ごすようになった。産む前の生活と比べて、100倍くらい声を出している。
1日に11時間以上は声を出している
息子を産む前は、実家にいた頃も、結婚して旦那さんと暮らすようになってからも、会話をするタイミングといえば、仕事を終えた母や彼の帰宅後から寝るまでの数時間だけだったから、1日のうち、声を出すタイミングは小1時間から3時間以内だった。
しかし、息子が生まれてからは、息子が起きている間中、話しかけるようになったから、新生児の頃でもそれは結構な長時間だったけれど、生後9ヶ月を迎えた今では1日に11時間以上は、声を出して過ごしている。笑っている時間も、乳児を育てている今が、人生で一番長いと思う。箸が転がっても面白い年頃だった学生時代より、今の方がいっぱい笑っている。
先日、この連載の担当編集さんから「赤ちゃんと何を話すんですか? 赤ちゃんに話しかけても、自分のいうことを理解しているわけじゃないと思うと虚しくならないですか?」と訊かれたのだけれど、たしかに私も産む前は、赤ちゃんに話しかける自分を想像することができなかったし、育児書などで「赤ちゃんには積極的に話しかけてあげましょう」などと書いてあるのを読むたび、一体それってどういうテンションなのだろう、と思っていた。友人の子どもに会った時にも、話しかけたことは一度もなかった。
だけど、いざ息子と出会ってみると、「言葉を教えてあげたい」という気持ちが自然に湧き上がってきた。
「物は言いようだよなぁ」と、28年間生きる中で何度も思ってきた。言葉の選び方ひとつで、他人からの評価や人間関係など、人生を司るものはどんどん変わってしまう。
だから、息子には言葉を便利に使いこなして生きていってほしい。言葉で損をするようなことがないように、言葉を自分の味方につけて、生きていってほしい。
そう思うと、まずは多くの言葉を覚えさせることがその第一歩になる。なるべく早めに、その小さな頭の中に、便利に使える日本語を辞書1冊分くらいインストールしてあげたい。
そんな気持ちから、ごく自然に、実況中継する習慣がついた。息子の気持ちを代弁したり、今の状況を解説したり、私の感想を伝えたり、これから行うことを説明したり。この9ヶ月間、私は息子に向かって話しかけ続けている。
お腹が空いてそうなら「お腹が空いたの?ごはん食べてみる?」、お腹が張って不機嫌になっている時は「ウンチがしたいのに、まだ出ないんだね。早く出したいね」、抱っこをして欲しくて泣いていたら「抱っこをして欲しいんだね、抱っこをしたらすぐ泣き止む赤ちゃんなんだね」、可愛すぎると思ったら「可愛すぎるのよあなた」など、「こういう心境や状況のことを、日本語では、こう言うんだよ」という例文をひたすら聞かせるイメージで、話しかけ続けている。
私がトイレに行っていて泣かせちゃった時は「早く抱っこをして欲しかったのに、ママが1分も待たせてきたせいで涙が出ちゃったね。トイレが長くて嫌だったね。寂しい思いをさせないで欲しいよね」などと、息子に代わって私へのクレームを私が言う。
大人と話してる時の方が虚しさを感じる
息子に話しかけるようになって分かったことは、赤ちゃんに話しかける行為は少しも虚しくなくて、というか、大人と話してる時の方が断然、虚しさを感じることが多いように思う。
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