翌日は八時半に起きた。ボクにしては早起きだ。
仕度して食べないで出かける。
あいにくの小雨だった。まあ、風呂には関係ないからいいのだが。
中央線はもう通勤ラッシュは終わっていたが、終わっているというわりに混んでいた。スーツ姿の人も多い。時差通勤か。親と一緒の子供もちらほらいるので、なんで? と思ったら、まだ春休みが終わっていなかった。
銭湯に入るためだけに電車に乗っている乗客は、自分ひとりに思える。
神田で山手線に乗り換えて、御徒町で下車。
地図は頭に入れてきたつもりだったが、路地を間違え、ちょっと迷った。住宅地の銭湯だと、高い煙突が見つかり、すぐわかるのだが、さすがに駅から近くビル街なので、煙突もその陰に埋もれている。
ぐるぐる回って、ようやく銭湯の前に来たときは「おおっ」っと声が出た。
いい面構えだ。
昔ながらの銭湯らしい、瓦葺き三角屋根の立派な入母屋破風だ。この場所に、よくこの形で留まっている。脇に松が立っている風情がいい。
白い暖簾に「燕湯」の墨文字が、シンプルで実に気持ちよい。この暖簾を見て、あらためて「燕湯」っていい屋号だなぁ、と思う。
雨の中、見上げると、建屋の二階の窓に灯りが見えた。
ひょっとして二階は休息所? と思ったが、建物の脇に階段があり、上り口に「ハワイアンジュエリー」と書いてあった。工房併設のショップらしい。ちょっと残念。
というのは、たまたま最近江戸時代の生活の本を読んでいて、江戸の人は何かにつけ湯屋に行き、湯屋の二階はたいてい休息所になっていて、皆そこでだらだら暇を楽しんだと書いてあったからだ。
フトコロに金がなくとも、毎日のように湯屋へ行って、その二階で茶を飲んだり、碁を打ったり、うわさ話を楽しんで、時を過ごしたという。
今のように休みがあったら、海外旅行に行こうだの、世界遺産を見に行こうだの、ドライヴ行こうだの、テレビでやっていたグルメの店に出かけてって行列作って食べようだの、買い物に行こう、イベントに行こう、ってやたらいちいち遊びにお金をかける現代日本の生活が、実にアホらしく見えていたのだ。
こんな雨の午前中、風呂に行って、その二階の畳でゴロゴロしながら文庫本でも読めたら、それだけで最高じゃないか。そんな銭湯ができないかな。
でも、ひるがえって、銭湯の二階のジュエリーショップ、というのもなかなかいいセンスだ。この銭湯の経営者の娘さんか誰かがやっていたりして。
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