#橘美由紀 #28歳 #無職 #目を閉じても歩ける町の狭さ
地元のショッピングモールを歩いていると、時々、懐かしい顔を見かける。
でも、向こうは大抵子供連れだから、たとえ気づいてもなんとなく目を逸らしてしまう。
東京から戻ってきても、出かける場所といえば今もこんなところしかない。
中学のときにできたモールは、この町で一番オシャレな場所だった。
両親と買い物するのも、友達と遊ぶのも、デートをするのもここだった。
地元で結婚した友達は今も変わらない生活を送っていて、私はそれが嫌でここを離れたのに、結局戻ることになってしまった。
東京の人ごみに疲れたせいか、この広くてなにもない場所ですら、心なしか居心地のよさを感じてしまう。
平日の空いたフードコートで、たこ焼きを頬張りながらスマホを見ていると、Tinderの通知がきている。
こんな田舎でもやっている人いるんだ。新規のいいね!が通知されていた。
適当にスワイプすると、すぐにマッチングした。
名前は、イニシャルだけのT.T。同じ歳だ。
短髪で目が細く、体つきは男性らしくしっかりして、そこそこのイケメンだった。
右スワイプしてLIKEを送ったらうまいことマッチングして、五分と待たずメッセージが送られてきた。
「はじめまして。東京在住って書いてるけど、今は帰省中なの?」
たこ焼きを食べる手を止めて、すかさず打ち返す。
「いえ、最近こっちに戻ってきたんです」
「そうなんだ。成人式の会場だった遊園地、去年の夏に閉園したのは知ってる?」
「え、ほんとに?」
私たちのときはちょうど数人が壇上にあがる乱闘騒ぎが起きて、ニュースにもなったから記憶に残っている。実家に帰るまで何通かやり取りをする中で、その現場をどうやら私と彼は、さほど離れていない場所から見ていたことがわかった。
その遊園地は、私たちが生まれた頃にできたテーマパークだった。
子供の頃、両親に連れて行ってもらったのはもちろん、学校の遠足でも何度か行ったことがある。あのときはいくら遊んでも時間が足りないほど広く思えたのに、時間と共に施設は古びて、成人式の後は帰省しても寄りつかなくなった。
もしかしたら、この人とどこかですれ違ったことくらいあるかもしれない。
そう思っていると、向こうから話を切り出された。
「よかったらさ、LINEしない?」
「いいよ」
どうせ暇を持てあましているのだから、私もオーケーした。
でも、LINE IDを入力してアイコンの表示名を見て死ぬほど驚いた。
「田中なの?」
「そうだよ。美由紀、全然気づかなかったでしょ(笑)」
田中達也は、中学の同級生だった。
学年で一番背が低く、ちょっと大人しい男の子だ。
当時は多分、話したことなんてない気がする。
#田中達也 #28歳 #自営業 #初恋の女の子との再会
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