桐生七海は、腕時計を見て、約束の時間よりも一〇分早く着いたことを確認する。思えば、今日の待ち合わせ相手は、この時計を七海に贈った人であり、人に時計を贈るくせに、時間を守れない人だった。
あと二〇分は来ないとみていい。
最初からそうなるだろうと思い、待ち合わせ場所は池袋東口の大型書店にした。ちょうどいいので、久しぶりに雑誌を見ようと思った。事件とか、煩わしい想いをするのが嫌だったので、女性誌コーナーへと向かった。
そこで、気になる文字列が七海の目に留まった。
女性誌の多くが同じような特集をしているのだ。
これからはカワイイではなく、セクシーを目指す!《2629宣言》 26歳からの本気のSEXY
2629の夜会で、新しい自分を見つける 未来の自分に贈るセクシーなワ・タ・シ〜2629特集〜
女性誌において、特集自体がかぶることは珍しいことではない。テレビのドラマや映画とのタイアップで、主演女優が同じ月の表紙を何誌も飾るのは一般的な話だ。
そして、雑誌のコーナーにもかかわらず、そこには黄色い表紙の新書が山積みに置かれていた。店員の手書きPOPがつけられていた。
50万部突破!
2629ブームの火付け役!
女性なら誰もが読むべき一冊です!
そのタイトルは『2629』。最近、電車の広告でも、テレビでも話題になっているベストセ ラーだった。
七海が気になったのは、数値だった。
「2629……」
なにか、この数字が引っかかった。どこかで見た数値のような気がした。
七海は山積みに置かれた『2629』の一冊を手に取る。内容に興味があるわけではない。
本文を高速でめくり続け、「あとがき」にたどり着く。
その最後の部分に注目する。いわゆる謝辞の部分だ。
ある一文を見つけたとき、七海の時間は巻き戻った。
この本を出すきっかけを下さった、編集協力の西城潤さんに感謝いたします。
「先生……」
そうつぶやくと、涙が溢れ出た。
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