灰江田は、家庭人としての赤瀬についても尋ねた。
「えっ、夫婦仲かい。うーん、よくなかったみたいだね。赤瀬さんさあ、会社に入り浸りでしょう。それでよその子たちを集めて一緒にゲームをしている。奥さんからしたら、自分の家に帰らず、他人の家の子供たちと遊んでいるようにしか見えないだろうからね」
声とともに、ため息が聞こえてきた。
「たまの休みも、社長と新しいコンピューターを見に行ったりしてさあ。あれじゃあ、まともに夫婦の時間を過ごす暇もなかったんじゃないかな。彼が辞めたとき、俺は他の会社に移っていてね。噂で聞いた話だと、退職と同時に離婚したとか。いま話したようなことも、関係していたんじゃないかなあ」
赤瀬の妻の気持ちも分かる気がした。夫が家に寄りつかず、外でそんなことをしていたら腹も立つだろう。
他の人の話も、似たり寄ったりだった。思いのほか当時を知る関係者は少なかった。その不足を補うために、灰江田は自身の人脈に声をかけまくった。知っている人がいれば連絡して欲しい。知り合いの知り合いまで伝手をたどれば、かなりの広さになる。
しかし、こちらの反応は、いまのところゼロだ。赤瀬はゲーム業界とは完全に関係を絶ったのか。当時の開発者の多くが違う道に進んでいることを考えれば、同じ業界に留まっている可能性は低いのかもしれない。
灰江田はメモ帳を閉じる。これから会いに行くのは、当時グラフィッカーをしていた田(た)沼(ぬま)道(どう)司(じ)という人物だ。田沼は白鳳アミューズメントを辞めたあと、ゲーム業界から離れてイラストレーターとして成功した。
電車が駅に着いた。ホームに降り、地上へと上がる。スマートフォンを出して約束の時刻を確認する。ちょうどよい時間だ。灰江田は土産を手に、田沼の事務所に向かった。
灰江田が挨拶すると、髭に覆われた田沼が相好を崩した。田沼は六十近く、大柄で熊のような体格をしている。灰江田は、手土産のケーキを渡して名刺を交換する。応接用の椅子に田沼が座るのを待ち、自身も腰掛けた。
事務所の壁には田沼が手掛けたポスターが無数に貼ってある。美大を卒業後、当時の進路としては珍しいゲーム会社に就職した。年齢は赤瀬より少し上。赤瀬が作ったゲームのうち四本目から八本目に参加して、グラフィックスとパッケージデザインを手掛けた。
「赤瀬の名前を聞くのは久し振りだなあ」
当時の白鳳アミューズメントの様子を田沼は語る。赤瀬が入社した頃は、社員数二十人強の会社だったらしい。ファミコンの開発ラインは二本で、三人から四人でチームを組んでいた。ラインはのちに四本に増え、赤瀬が退職する頃には百人近くの社員になった。その急成長の原動力の一つが、赤瀬のゲームの人気だったそうだ。
「赤瀬さんの現在の連絡先をご存じですか」
「知らないんだよなあ俺も。あいつ会社を辞めたあと音信不通になってね。奥さんに聞いたりもしたんだよ。でも、家族とも接触していないらしくてさ。どこにいるか知りませんと、ぴしゃりと言われたよ」
田沼は太い腕を組んで大きくため息を吐く。まあ、静枝の話から、その反応は予想できる。赤瀬の妻はゲーム開発者を、遊び人や香具師(やし)のたぐいだと思っていたようだから。
「それにしても赤瀬さんは、まるで世捨て人みたいですね」
「まあ、大きな喧嘩の末に出て行ったからな。会社の人間と連絡を取りたくなかったというのも、あるんじゃないかな」
「喧嘩ですか。誰としたんですか」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。