「父は退職するとき、Aホークツインの権利を自分で買い取りました。母に相談せず、貯金をほぼ全部使い、持っていた白鳳アミューズメントの株も、すべて手放してです。その結果、家の資産は、ほとんどなくなりました」
灰江田は唖然とする。Aホークツインの権利を高額で買ったのは聞いていたが、持っていた財産のほとんどを注ぎ込んでいたのか。これはさすがに離婚の原因になる。以前から仲が悪かったのなら、なおさらだ。
「鈴原さんのお父さんとお母さんは、恋愛結婚……」
「いえ、お見合い結婚です。生前母は、騙されたとよく言っていました。大卒で最先端の産業の会社にいると聞いていたのに、実際にやっていたことは、子供向けのおもちゃ作りだったと。母はゲームを低俗なものだと考えていました。そして、そうしたものを作っている父を軽蔑していました。そんな二人の意見が合うはずがないですよね」
静枝は、諦めを交えた声で言う。
「生前と、いま言ったが」
「母は三年ほど前に亡くなりました」
「そうか。それで、どうして赤瀬さんとコンタクトを取ろうと思ったんだ。その理由を話してくれないか」
灰江田が尋ねると、静枝は頬をわずかに紅潮させた。
「私、来年、結婚するんです。同じ会社の後輩と。だから、父に結婚式に出席して欲しいんです」
静枝の表情が、一瞬幸福に包まれた。なるほどと思った。両親不在を避けたいという花嫁の気持ちは分かる。それは女性として当然の心理だろう。灰江田は、彼女の職場について尋ねる。アドテクノロジー系の企業──ウェブの広告関連の会社──らしい。情報工学系の学部を卒業した彼女は、そこでプログラマーをしているそうだ。
「その道に進むことは、母に随分反対されました。ゲーム業界でないとはいえ、父と同じような仕事をするわけですから。母は父を嫌っていました。母方の祖父母も、父のことを認めていませんでした。おかげで母にも祖父母にも、いやな顔をされました」
静枝の祖父母は、彼女の進路に好意的ではなかった。それならば、自分の選択を理解してくれそうな父親を、結婚式に呼びたいというのも理解できる。
「それで父方の実家を探したのですが、祖父母はすでに他界していて、父の行方は分かりませんでした。なにせ三十年近く前のことですから。戸籍や住民票もたどりましたが、父はいませんでした。父がいまどこにいて、なにをしているのか手掛かりがない状態なんです」
実の娘だから戸籍や住民票といった書類を見られる。その結果たどれなかったということは、正攻法では発見できない可能性が高い。探偵などに金を突っ込まなくてよかったと、灰江田は胸をなで下ろす。
「だから、あんたは父親を探していたんだな。そして、Aホークツインの権利のことを知っていた。権利侵害ということで連絡があるかもと思い、海賊版を公開した」
「はい。それが大きな理由ですが、それ以外にもあります」
静枝は緊張した面持ちで言う。
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