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次の日の朝——。
久美と井上は、商品企画会議室で帝国建設への提案書のことで話し合っていた。久美は時間にはややルーズだが、約束したことは守る。
「とにかく大切なことはね。お客さんの言っていることに絶対『ノー』とか『できません』って言わないこと。これが鉄則よ」
久美は、帝国建設が各ベンダーに配布した分厚い「次期会計システム提案依頼書」のページをめくりながら、井上に言った。
「だから、この提案依頼書に書いている要望に、〈現場の会計〉で全部しっかり応えること。あとは、お客さんの値引き要求に徹底的に応えること。これで契約間違いなしよ」
帝国建設の提案依頼書には、さまざまな要望が書かれている。要望の半分は現在の〈現場の会計〉でも対応可能で、25%は運用レベルで何とかなりそうだ。しかし、残りの25%は現状では対応できない。それが合計20件あった。
「問題は、この対応できない部分よ。ここが勝負の分かれ目ね」
「的外れな要望も入っていると思うんだけどなあ」
久美は(アナタ、全然わかっていないのね)というようにかぶりを振りながら言った。
「井上クン。セールスを10年もやっているんでしょ。お客さんの言うことは絶対なのよ。お客さんが白いものを黒いって言えば、それは黒なの。わかる?」
久美は要望リストをペンで叩きながら、続けた。