小野雅裕
生物汚染のジレンマ
「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。
ひとつ、地球外生命探査における大きな困難がある。地球から持ち込んだ微生物によって異世界を汚染してしまうリスクである。先述のように、地球の生命には極限環境への優れた耐性を持つものがある。そしてもしそれが探査機に付着して火星やエウロパやエンケラドスに持ち込まれ繁殖してしまったら、現地の生態系を破壊してしまうかもしれないし、生命を発見してもそれが地球外生命なのか地球の生命なのか区別がつかなくなってしまう。そうなると、人類史上最大の発見への扉を、自ら閉ざしてしまうことにもなりかねない。一度汚染してしまったら永遠に元に戻すことはできない。
人類は大航海時代に苦い経験をした。この時代にヨーロッパ人が植民地の原住民に対して働いた横暴の数々は、書くまでもなくご存知だろう。だがあまり知られていないのは、原住民の犠牲者のうち、銃と剣によって殺された者の比率はわずかであるという事実だ。
最大の殺戮者はヨーロッパ人が意図せず持ち込んだ病原菌だった。新大陸の原住民は旧世界の病原菌に対して全く免疫を持っていなかったため、パンデミックが起こったのである。たとえば、ヨーロッパ人の到着前に2000万人いたメキシコの人口は、天然痘などの大流行により100年の間に10分の1以下の160万人にまで減少した。アステカ皇帝クイトラワクも犠牲者の一人だった。マンダン族インディアンのある集落では、ヨーロッパ人との接触後、やはり天然痘のため2000人の人口が数週間のうちに40人以下に減少した。南北アメリカ大陸全体で見ると、コロンブスのアメリカ大陸「発見」以降200年以内に、疫病によって先住民の人口が95%減少したと推定されている。
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この連載について
小野雅裕
銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む
著者プロフィール
NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。