『誰も知らない』('04)、『海街diary』('15)などの人気作、話題作をコンスタントに発表し、日本映画界をリードする存在でありつづける是枝裕和監督。これまでにも、日本アカデミー賞、ブルーリボン賞などの受賞経歴はあったが、ついに最新作『万引き家族』で、もっとも有名な映画祭のひとつであるカンヌ国際映画祭のパルム・ドール(最高賞)を受賞するに至った。名実ともに、現在の日本を代表する映画監督と呼んでいいだろう。
「10年くらい自分なりに考えてきたことを全部この作品に込めよう」*1 という意図で発表した本作は、世界的に高く評価される物語としての普遍性と、いまの日本社会を克明に写し取る具体性とを兼ね備えたフィルムとなった。出演俳優もすばらしく、カンヌの審査員たちを圧倒している*2。是枝作品の常連であるリリー・フランキー、樹木希林をはじめとして、安藤サクラ、松岡茉優などの実力派俳優が揃った。
『万引き家族』は、都内の古ぼけた平屋に住む、貧しくも仲の良い5人家族の物語である。彼らは、祖母の年金、日雇いの仕事にくわえて、万引きや車上荒らしなどの行為で生計を立てていた。ある日、団地の廊下で父と息子は、こごえていた5歳の女の子を見つけ、家へ連れて帰る。女の子は栄養状態も悪く、痩せ細り、身体中に傷ややけどがあった。境遇を察した家族は、女の子をあらたな家族として迎え入れる。せまい家ながらもたのしく暮らしていた6人だったが、やがて一家離散につながる事件が起こる。幸福だった家族がバラバラに引き裂かれるとき、彼らが隠してきた暗い秘密があきらかになっていく。この家族には、どういった過去があったのか。
本作に描かれる家族には未来がない。この6人が末長く、ともに幸福でいられるなどということは決して起こり得ないと、観客の誰もが察知する。未来を喪失した一家、目の前の日々をただ生き延びていく以外に方法のない家族が本作のテーマだ。
たしかに今日、スーパーでの万引きはうまく行ったかもしれない。しかし、同じことを繰り返していれば、やがて見つかるだろう。誘拐同然に連れ去った子どもとだって、しばらくは仲良く暮らせるかもしれない。とはいえ、保険証すら持たない子どもを、学校へも行かせずにどうやって成人させるのか。ことほどさように、すべては時間の問題であり、早かれ遅かれ、彼ら一家の生活は確実に破綻する。未来をともに生きる可能性を奪われた家族の姿。その息苦しさ、終わりの気配がつねに漂うこのフィルムは、のどかな場面であっても不安が消えることはない。一家には笑いがあふれ、情愛でつながってはいるが、劇中で祖母が言うように「長続きしない」のであり、結果的に彼らは離散するほかなかった。
未来のない家族というテーマを是枝が選んだことは、非常によく理解できる。われわれの生きているこの社会はもはや持続できないと、多くの人が感じているようにおもえてならない。これほどに子どもの数が減ってしまった社会は崩壊するのではと不安を抱くが、具体的な施策は何もなされないままだ。結果、われわれの多くはただ座して、刻一刻と事態が悪化するにまかせている。『万引き家族』が観客を揺さぶるのは、私たちの生きる日本社会そのものが、くだんの一家のごとく「長続きしない」という不安を言い当てているためではないか。
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