初めて会いに行った時に神田さんに渡した、笑顔で受け取ってくれた名刺。玉虫色のスカーフをした男がその私の名刺を握っている神田さんに言いました。
——多いでしょ? 人気番組のプロデューサーともなると、タレントさんの売り込み。
神田さんはすぐに返すことができるはずの名刺を持ったまま私の目を見ようとしない。
——番組が当たってない時にはマネージャーさんも売り込みに来ないんですよね。
——何が言いたいんですか?
——ずっと羨ましかったでしょ? マネージャーが沢山売り込みに来るプロデューサー。
——そんなことないです!
——そういう小さな嫉妬の積み重ねって、人を変えていくんですね。
玉虫色のスカーフの男はわざと私の前に立って、神田さんに問いました。
——昔、あんまりモテなかった人が権力を手に入れてモテだすって危険ですよね。
——どういうことですか?
——歯止めが利かなくなる。自分の欲をコントロールできなくなる。あなたのように。
売り込みに行った私に、神田さんは意外な答えをくれました。
——とりあえず一回ロケに行ってみようか?
深夜番組での頑張りすぎアイドルキャラが「ミステリースパイ」に合っているかもと、すぐに決めてもらえました。片山さんが話をしてくれたのも大きかった。だけど、こんなにも早く決まるなんて思ってなかった。
——やったー!
叫んでました、神田さんの前で。マイカさんに電話したら、泣いてくれました。私が取ってきた一本の仕事に、何度も何度も「ありがとうございます」って言って。会社の人間も驚いてました。誰が売り込みに行っても、うちのタレントが使われたことはなかったから。
——もしかして神田さんと寝たとか?
チーフにそう言われて、苛立だちが顔に出ちゃいました。すぐに「冗談だよ」と返されましたが、本気だったんでしょう。
事務所の人たちに再びマイカさんをプッシュしてもらうためにも、まずは最初のロケを成功させて準レギュラーにすること。それが目標。
初めてのロケはキリンの睡眠時間の検証。一日二十分以下と言われているキリンの睡眠時間を調べるというものでした。マイカさんがストップウオッチを持って、動物園のキリンの横にテントを張る。そこで一週間、キリンが一日平均何分寝るのかを調べる。睡眠時間を調べるということは、一人で計測するマイカさんは寝られない。マイカさんのキャラクターを理解している片山さんが神田さんにアドバイスして、このロケにチャレンジすることになりました。
——超面白かったよ。
片山さんはロケVTRを見て興奮気味に言ってくれました。大成功。寝ないで頑張ろうとするマイカさん、キリンが寝る前にいつも自分が寝てしまう。目を覚ますと寝てしまったことに気づいて、号泣して土下座してスタッフに謝る。
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