実は知らない「性病」の話

「三大性病といえば、梅毒、淋病、クラミジア。甘く見るのは禁物ですが、これらは、かかってしまっても、早期であれば比較的簡単に治療できる病気です。一方、『死ぬ病気』と恐れられてきたエイズにも、今はいい薬があります」と、エイズ治療・研究開発センター長、岡慎一氏は語る。

・放置すれば不妊や死のリスクもある「三大性病」

「三大性病といえば、梅毒、淋病、クラミジア。甘く見るのは禁物ですが、これらは、かかってしまっても、早期であれば比較的簡単に治療できる病気です。一方、『死ぬ病気』と恐れられてきたエイズにも、今はいい薬があります。この病は体の免疫機能が落ちる病気です。それを完治させる方法は、まだないのですが、コントロール可能となり少なくとも『死ぬ病気』ではなくなっているのです」

性病の実態について、このように概略を明かしてくれたのは、エイズ治療・研究開発センターのセンター長・岡慎一氏だ。

岡氏は、エイズをはじめとした性病、さらにはその研究を通じて他の感染症治療にも光明を与えている、感染症研究の第一人者である。その岡氏に、さまざまな性病の仕組みや予防法、治療法を聞いた。

まず「三大性病」から見ていこう。梅毒、淋病、クラミジア。すべて「菌」による感染症である。性病というからには、すべて無防備な性交渉によって感染する。これには唾液の交換も含まれる。

感染力は強い一方、自覚症状がないため、気づかないうちに感染し、人にうつしてしまうこともあります。中でも「梅毒は、他の二つと違って『全身疾患』。それが恐ろしいところです」と岡氏は指摘する。

人にうつす危険があるのは感染早期だけだが、感染した本人が梅毒を放置していると、じわじわと感染が広がって脳にまで支障をきたしたり、悪くすると死んでしまったりすることもあるという。

また、母体から胎児へと感染する「先天性梅毒」もある。一方、淋病とクラミジアは、感染局所で炎症を起こし、痛みや化膿を引き起こす。基本的に、かかってしまっても抗生物質で治療すれば済む話だが、それぞれに、恐ろしい一面があるようだ。

「実は、淋病の菌の中で、抗生物質が効かない耐性菌が増えているというのが、世界的なトピックになっています。以前は、感染しても抗生物質の注射1本あるいは飲み薬で完治できたのが、今では、淋病は『治らない可能性もある感染症』になってきている。

現時点で、おそらく感染例の半分以上は飲み薬の抗生物質の効きにくい耐性菌によるものです」

薬で淋病を治療できないとなると、一体どうなってしまうのだろう。

「自然治癒力に任せて、徐々に治るのを待つしかありません。ずっと痛みや化膿が続くため、かなりつらい期間となるでしょうね」

ではクラミジアはどうかというと、症状が劇的でないことが、別のリスクにつながるようだ。

「自覚症状がないために、本人が感染に気づかないケースが多いのです。しかしそのまま放置すれば、たとえば女性なら子宮から卵管へと感染が広がり、不妊の一因となったりします。これがクラミジアの厄介なところです」

三大性病それぞれが、決して軽視できないリスクを孕んでいる。最悪の事態を防ぐためにも、まずコンドームによる予防、定期的な検査、そしてもし感染が発覚した場合には早期治療が肝要であろう。

・HIVは免疫細胞のDNAの一部になる

ではここから、少し多めに紙面を割いて見ていきたい。三大性病とは異なり、菌ではなくウイルスによって引き起こされるエイズだが、そもそも、どんな病気なのだろうか。

「エイズ(後天性免疫不全症候群)とは、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染したことで体の免疫機能が低下する病気です。免疫力自体が低下しているために、本来なら撃退できるような微毒な病原体に感染してしまい(日和見感染症)、死に至ります。

基本的にウイルスはワクチン投与により、細胞内での活動を停止させ、増加を止めることができます。

しかし、HIVは例外的で、薬や免疫が感知できないところに隠れるため、その隠れたHIVは、消滅せずに残るのです」「三大性病といわれる淋病や梅毒、クラミジアは菌である一方、HIVはウイルスです。ウイルスは、自分の力で増殖することができません。

いわば『製品の設計図』はもっていても、それを作る『工場』はもっていないようなものです」

「そこでHIVは、人間の免疫細胞・リンパ球の一種であるヘルパーT細胞に侵入し、遺伝を司るDNAに自らを組み込みます。こうなると体の一部となってしまうため、もう排除できません」

「ヘルパーT細胞が分裂増殖した場合や、サイトカインなどによる細胞への刺激によって活性化した際に、ヘルパーT細胞のDNAに組み込まれたHIVウイルスも一緒に活性化されます。

そこでHIVウイルスはヘルパーT細胞のタンパク質を作る『工場』を利用し、必要なタンパク質を作らせることにより自分自身を増やし増殖していきます。そして最終的には、ヘルパーT細胞自体を壊してしまいます。

だからHIVに感染すると、免疫不全に陥ってしまうのです」

・日本人が発見したジドブジン

HIVは、体の免疫細胞の遺伝子に入り込み、増殖し、さらには免疫細胞を壊してしまう。やはりエイズが恐ろしい病気であることは違いない。かつては、HIVに感染すれば、やがてエイズを発症し、肺炎などの感染症で死んでいくことが決まったも同然だったのだ。だが、今はかなり事情が変わってきている。

継続的な投薬治療によって、寿命を全うできるケースが増えてきているのだ。

「アメリカの研究機関で、世界初となる抗HIV薬『ジドブジン』を作ったのは、実は日本人の満屋裕明という研究者です。

簡単に説明すると、ジドブジンとは、本来RNAであるHIVがヒトのDNAに入り込むために、自分自身をDNAに変換するプロセスをブロックする薬です」

ジドブジンの発見により、エイズも薬で治療できるのだということが証明され、世界中の科学者が薬の開発に取り組みました。エイズ発見からたった30年で、今では25種類もの抗HIV薬が開発され保険で認可されています。

これらの薬を組み合わせて飲むことにより、HIV感染者の予後が格段に改善されてきているのです。

しかし、検査を受けずに放置すると、感染から数年後にエイズを発症します。運がよければ合併した日和見感染症を治療し、抗HIV薬を飲むことで免疫力をある程度回復させることができます。

しかし、運が悪ければ命を落としますし、救命できたとしても寝たきりになってしまうような後遺症を残すことも少なくありません。

これが若い人で起こると、高齢の親では介護しきれない、かといってその年齢では介護施設にも入れない、と悲惨な事態となります。エイズを発症する前にHIV感染に気づき、投薬治療をはじめるかどうかで、天国と地獄ほどの違いが出るのです」なおエイズを完治できる特効薬の開発には「まだまだ大きなブレークスルーが必要」と岡氏は指摘する。しかし、少なくとも多くの抗HIV薬の開発によって、エイズは「死ぬ病気」ではなくなりつつある。

投薬の頻度も「1日1回から月に1回、3カ月に1回、半年に1回と、どんどん減っていく」と見られている。

これまでの技術の延長線上に、投薬回数の減少はめどがついているのである。コンドームから予防薬への転換エイズも性病の一つであり、無防備な性交渉により、粘膜を通じて感染する。となると、一番の予防法はコンドームを使い、粘膜の接触を避けること—ずっとそう言われてきたが、実際のところはどうなのだろうか。

「コンドームの重要性は知っていてもコンドームを使わない人が多いようです。『コンドームを使おう』という呼びかけは、感染者減少につながっていないのが現状です」と岡氏は指摘する。

そこで参考になるのが、アメリカの例だ。

「アメリカでも、ずっとHIV感染の広がりが深刻視されていましたが、ある時期を境に減少傾向に転じました。コンドームの使用が当たり前になったからではありません。実はコンドームから、薬による予防へと考え方がシフトしたことが、減少傾向を生み出したと考えられるのです」

薬でHIV感染を防ぐとは初耳だ。これには先に挙げた抗HIV薬が使われるという。

「たとえば、いくら『コンドームを使え』といっても、使わずに性交渉をして望まない妊娠をしてしまうケースが多かったのが、指導内容を『ピルを飲め』に変えたら、一気に望まない妊娠が減った。これと同じことです。

コンドームを使えばこの感染を防げるとわかっていても、使わない人は使わない。それを相手に強制することに躍起になるより、自分自身でできる薬による予防法を普及させたほうが、よほど効果的でしょう」

もちろん、予防薬を飲んでいても感染する可能性はゼロではない。万が一感染してしまったら、早期に治療に入らなくてはいけない。そのため、「エイズになる人を減らすには、定期的な感染検査と予防薬をパッケージで提供するのが最も効果的」と岡氏は説明する。それは、どれくらい実現性があるのだろうか。

岡氏は「予防薬は1錠3800円。これを毎日飲むというのは、現実的ではありませんね」と話す一方、「海外にはジェネリックの予防薬もあります。保険診療は適用されないので自己責任になりますが、個人輸入は可能でしょう」と指摘する。

「将来的に日本でもこの予防法が認可され、安いジェネリックが日本でも購入でき、この予防法が広がることを期待します」

一般の意識が高まれば、日本でも「薬でエイズを予防する」が当たり前になる時代が訪れるかもしれない。

・RNAウイルスは遺伝子変異が起こりやすい

「先進国では、完璧とまではいわなくても、すでに薬でHIVを抑えるところまできている。

ところが、途上国では、先進国ではとっくに使わなくなっているような古い種類の薬を使っていたりします」

「HIVは、遺伝子変異が生じやすいことが知られています。古い薬は、現在先進国で飲まれている新しい薬より、耐性ウイルスができやすいことがわかっています。現在は治療効果が得られていても、古い種類を飲み続ければ、やがてその薬に耐性のある新型のウイルスが生まれるであろうということは、私たちには、容易に予想できるわけです」

「となると、エイズ治療における先進国と途上国の差を埋めていくことが、今、取り組むべき本当の課題といえます。我々はアジアの一員なのですから、私を含め日本の研究者は、まずは途上国の啓蒙や治療のため、国を飛び出すべきですね」

・カクテル薬の有効性

なお、HIVのようなウイルスは、突然変異しやすいため、同じ薬を使い続けていても効かなくなることが多いことをご存じだろうか。

「ウイルスは増殖する過程において、遺伝子に変異が起こることが知られています。

ウイルスは遺伝情報の伝達にRNAもしくはDNAの一方のみを使います。一般的にDNAウイルスの場合、複製エラーが生じた場合にはそれを修復する機能がありますが、HIVのようなRNAウイルスにはその修復機能がないため、遺伝子変異が生じやすいと考えられています。HIVはたびたび変異することでも知られているウイルスであり、古い種類を飲み続ければ、やがてその薬に耐性のある新型のウイルスが生まれるであろうということは、私たちには、容易に予想できるわけです」

そこで効果を発揮したのが1990年代に登場したカクテル療法である。ジドブジンをはじめとする、複数種類の逆転写酵素阻害薬を各人の症状・体質に合わせて組み合わせて投与し、症状を抑える治療法だ。ウイルスが変異してもこのどれかが効くため、治療効果が劇的に改善、90年代後半からエイズによる病死が急減した最大の原因であるといわれている。

・現在、投薬回数は劇的に減少—1日1回で大丈夫、そのうち月に一粒、さらなる頻度低下も可能?

「とはいえ、ジドブジンで完全にHIVを排除できるわけではないので、エイズを治す特効薬とは呼びにくいのが現状です。マウスの実験では完治した例も報告されていますが、喜ぶのは早いでしょう。人とマウスとでは体のレベルが全然違うからです」

「HIVのHはヒューマンのH、つまり人にしか感染しないウイルスです。マウスの実験は、あらかじめ天然の免疫力を奪ったマウスに人の免疫細胞を移植し、HIVに感染させるというもの。この特殊環境でHIVを除去できたとしても、それをそのまま、人間の体内でも再現できると考えるのは早計なのです」

「エイズを完治できる特効薬の開発には「まだまだ大きなブレークスルーが必要」と岡氏は指摘する。しかし一時は死の病といわれたエイズも、いまでは1日1粒の薬で抑え込め、さらにその期間は1カ月に1粒と、きちんと服用すれば健康に寿命を全うできる時代に突入している。ここで重要なのは、薬が効く間に服用を開始すること。そのため、リスクの高い行為におよんでしまったときは、是非とも早期検査を心がけて頂きたい。

<次回「体、頭、心の健康維持が若々しさの元」は6月11日(月)更新予定>

老いと病を寄せつけない一生モノの「結論」

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Xion3714 ◆男性にも女性にも◆読んでほしい記事 一回くらいで……と思っていませんか?? #スマートニュース 約1年前 replyretweetfavorite

showgo https://t.co/2Avu91tqIh 約1年前 replyretweetfavorite

de_genezene 治らない感染症になりつつある、と… 約1年前 replyretweetfavorite

chorilolila 治らない性病、死なないで済む性病https://t.co/j0lU7xB2ic 約1年前 replyretweetfavorite