ユウカが4日ぶりに家に戻ってきた時、まだ池崎は帰っていなかった。
時刻は、およそ夕方の5時。 池崎が帰ってくるまでに、だいたい2時間くらいあった。
ユウカは神戸であったことを、池崎にどう伝えようか考えていた。 もちろん、全部伝えるつもりはない。でも、伝えたいこともある。 ただ、どう伝えれば、今後の自分たちにとって一番いいかを考えていた。
あんなことがあった後だけど、ユウカは池崎のことを嫌いになっていなかった。 むしろ、まだ好きという感情がある。 好きと嫌いを分ける明確な線を引く人もいるかもしれないが、ユウカの場合は違っていた。
ひとつの水を満たした壺を思い浮かべるのがちょうどいい。 それを頭の上に掲げて、井戸からの帰り道をてくてく歩いている。前のめりになったり、横にふらついたりしながら、それでも前を向いて歩いてる。 頭の上の壺の中の水は、そのたびに揺れて、傾きができる。 この中の水こそが、ユウカの好きという感情だった。
ユウカは、この水をこぼさないように歩いている。でも、たまに、どこかでつまづいたら、壺の中の水が暴れることがある。少しこぼれることもあるかもしれない。 それを過ちと人は言うかもしれないけど、そもそも水を揺らさずに持ち運ぶことは不可能なのだから、ユウカは水が揺れてしまったら、どうするかを考える方がマシだと思っている。
「池崎が帰ってくるまでに、夕食の準備しないと」
彼女は無意識にそう独り言をして、近くのスーパーへと向かう準備をした。 相手のために何かを埋め合わせしたいというのは、心から出た感情だった。
食材を買ってる時に、ユウカの気持ちはまだぐるぐる迷っていたけれど、あるひとつのことだけは決まっていた。
「池崎には、何もなかったと言おう」
この小さな嘘は、自分を守るためにつく嘘じゃない。 むしろ、池崎のためにつく嘘だ。 まだ関係を続けていくつもりのユウカにとって、池崎との関係を危うくさせる要素は取り除いておかなければいけない。
ユウカは食材を買って、4日ぶりに会う池崎のために手料理を作りながら、何度も自分にそう言い聞かせていた。そうしないと人間簡単にボロがでる。池崎にはどうしても伝えなくちゃいけないこともあるけど、あのことだけは言わないと胸に誓った。
鍋の中のスープをかき混ぜる手が心なしか速くなる。
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