第226回 最小上界を求めて(後編)

そこでミルカさんがウインクをして言った。「ブックマーク代わりだよ」……「関数を組み立てよう」シーズン第3章後編。

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

ミルカさん:数学が好きな高校生。のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

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テトラちゃんミルカさんの三人は、連続関数の問題を考えていた。

問題3

実数の閉区間$[a,b]$から実数全体の集合への連続な関数$f(x)$には、上界が存在することがいえた(第225回参照)。

では、この関数が最大値を持つことを証明せよ。

「最大値って、上界のうち最小のものじゃないのかな……」

ミルカ「それはいい予想。閉区間上の連続関数$f(x)$が取り得る値の最小上界は、$f(x)$が取り得る値の最大値になる。あとはそれを証明するだけだ」

「証明するだけね……」

テトラ「せ、先輩方。ちょっとお待ちください。テトラはただいま混乱中です。考えるのは上界の最小値でいいんでしょうか。上界の最大値ではなく?」

「上界の最小値を考えるのでいいんだよ、テトラちゃん。上界はたくさんあるけど、 そのうち最小のものが関数$f(x)$の最大値になるっていう話なんだから」

テトラ「ちょっと、図に描かせてください……」

《上界》と《最大値》のイメージ図

「どう?」

テトラ「なるほど……わかりました。最小上界、つまり上界のうち一番小さなものが、関数の最大値になりそうだ……ということですね」

ミルカ「定義も再確認」

最大値

$a \LEQ x \LEQ b$を満たす、すべての$x$に対して、 $$ f(x) \LEQ f(m) $$ を満たす$m$が存在するとしよう(ただし、$a \LEQ m \LEQ b$)。

このときの値$f(m)$を、集合$\SET{ f(x) \SETM a \LEQ x \LEQ b }$の最大値という。

論理式で表すなら、 $$ \exists m \in [a,b] \quad \forall x \in [a,b] \quad \bigl[\, f(x) \LEQ f(m) \,\bigr] $$ が成り立つときの$f(m)$が最大値である。

上界

$a \LEQ x \LEQ b$を満たす、すべての$x$に対して、 $$ f(x) \LEQ M $$ を満たす実数$M$が存在するとしよう。

このときの$M$を、集合$\SET{ f(x) \SETM a \LEQ x \LEQ b }$の一つの上界という。

論理式で表すなら、 $$ \exists M \in \REAL \quad \forall x \in [a,b] \quad \bigl[\, f(x) \LEQ M \,\bigr] $$ が成り立つときの$M$が一つの上界である。

ミルカ「最小上界のことは上限(じょうげん)と呼ぶけれど、いまは最小上界という言葉のまま話そう」

「最小上界が結局は関数$f(x)$の最大値になるんじゃないか、というのが僕の予想だよ」

ミルカ「では証明を探っていこう。まず、最小上界を$M_0$と置く」

ミルカさんはそこで軽くウインクした。

「えっ……?」

テトラ「ミルカさん? あ、あの……いまのは?」

ミルカ「ブックマーク代わりだよ」

テトラ「ブックマーク?」

ミルカ「話を進めよう。最小上界$M_0$はもちろん上界でもある。したがって、閉区間$[a,b]$に属するどんな実数$x$に対しても、$f(x) \LEQ M_0$が成り立つ。それはなぜか。テトラ?」

テトラ「は、はい。わかります。$y = f(x)$のグラフは $y = M_0$の水平線以下にぜんぶ入っていることになりますから」

「というか、上界の定義そのものだよね。$M_0$が上界であるというのは、 $[a, b]$に属するどんな実数$x$に対しても$f(x) \LEQ M_0$ということだから」

テトラ「そうですね」

ミルカ「最小上界$M_0$は$f(x) \LEQ M_0$を満たす。だから、私たちの関心はこの不等式の等号が成立するかどうかだ。 $f(m) = M_0$を成り立たせる$m$は閉区間$[a,b]$内に存在するか。 もしそのような$m$が存在するならば、関数$f(x)$は最大値$f(m)$を取る。 $f(x) \LEQ M_0 = f(m)$になるから」

「そしてそのとき、最大値と最小上界は一致するわけだね」

ミルカ「そういうこと」

テトラ「あ、あのう……あたしはここまで話についてきていると思うのですが、いま、とても不安です」

「どうして?」

テトラ「あのですね。$f(m) = M_0$を成り立たせる$m$が存在するかどうか……あたし、 こういう問題を見るといつも思うんです。いったいどこから考え始めればいいんでしょうか。 $f(x)$という関数は具体的に与えられていません。 それなのに何かを考えなさいと言われると、 雲をつかむような気持ちになるんです。 いつもです。いつも、そんな気持ちになります」

「$f(x)$は与えられているよね」

テトラ「えっ?」

「問題文に、実数の閉区間$[a,b]$から実数全体の集合への連続な関数$f(x)$とあるから……」

テトラ「連続な関数……という部分ですか?」

「きっとそれを使うんだと思うよ。《与えられているものは何か》と問いかけるなら、$f(x)$は連続……という条件と、 $M_0$は最小上界である……という条件をきっと使うことになる」

ミルカ「……」

テトラ「$f(x)$は連続という条件を、使う……?」

「たぶん、数列を作るんだと思うよ。ほらさっきもそうだったよね。 数列を作って、その極限を考えた(第225回参照)」

テトラ「今回も?」

「うん、そうだよ。きっと数列を作るんだ。そして関数の連続性を使って、 極限値$M_0$に等しくなる$f(x)$がちゃんと存在する!……という筋書き」

ミルカ「あとはどんな数列を作るかだけの問題だな」

「うーん……」

ミルカ「《似た問題を知らないか》」

「うん、だから知ってるよ。でもあのときは上界が存在しないと仮定した背理法だったから……」

ミルカ「だから、話は違うと?」

「だって、ほら、$1 < f(x_1), 2 < f(x_2), 3 < f(x_3), \ldots$という性質を持つ$\LL x_n \RR$を考えたよね。今回は$f(x_n)$を正の無限大に発散させるわけには行かなくて、極限値として……ん?」

ミルカ「今回は$f(x_n)$を最小上界$M_0$に収束させたいんだろう?」

「……」

テトラ「先輩?」

「わかってきたぞ。いま考えているのはこういう問題4だよね」

問題4

実数の閉区間$[a,b]$から実数全体の集合への連続な関数$f(x)$の最小上界を$M_0$とする。

このとき、$f(x) = M_0$となる実数$x$が閉区間$[a,b]$に存在することを証明せよ。

ヒント:$n \to \infty$での極限値が$M_0$である数列を作る。


「うん。こういう不等式を考えてみるんだ!」

$$ M_0 - \frac{1}{n} < f(x) $$

テトラ「$M_0$は最小上界ですよね。それよりも$\frac1n$だけ小さな実数よりも$f(x)$が大きい……?」

「$n$は正の整数とする。たとえば、$1$のとき、$$ M_0 - \frac{1}{1} < f(x) $$ という不等式を満たす$x$は存在するかというと……」

テトラ「……わかりません」

「必ず存在するんだよ、テトラちゃん」

テトラ「……なぜですか。なぜそんなことがいえるんでしょうか」

「だって、$M_0$は最小上界だよね。$M_0 - \frac{1}{n}$は最小上界より小さくなる。 最小上界より小さいということは、 $M_0 - \frac{1}{n}$は$f(x)$の上界にはなれない。 上界ではない、ということは上界の定義を考えると、 $$ M_0 - \frac{1}{1} < f(x) $$ を満たす$x$が閉区間$[a,b]$に存在するといえる! そこで、その$x$の一つを選んで$x_1$とする」

テトラ「何となく……わかってきました。こういう感じでしょうか」


「そうだね。そしてこのグラフでいうと、$x_1$は$x$軸のこの範囲から選ぶ」


テトラ「ということは、$x_2, x_3, x_4$はここから選ぶのですね」




「それをずっと続けていける。$n = 1,2,3,\ldots$でね。だって、$M_0$は最小上界だから! だから、$x_1, x_2, x_3, \ldots$の存在がいえる」

$$ \begin{align*} M_0 - \frac{1}{1} &< f(x_1) \\ M_0 - \frac{1}{2} &< f(x_2) \\ M_0 - \frac{1}{3} &< f(x_3) \\ M_0 - \frac{1}{4} &< f(x_4) \\ M_0 - \frac{1}{5} &< f(x_5) \\ &\,\vdots \\ M_0 - \frac{1}{n} &< f(x_n) \\ &\,\vdots \\ \end{align*} $$

ミルカ「ふむ。それで?」

「それで、この問題4は証明できたね」

問題4

実数の閉区間$[a,b]$から実数全体の集合への連続な関数$f(x)$の最小上界を$M_0$とする。

このとき、$f(x) = M_0$となる実数$x$が閉区間$[a,b]$に存在することを証明せよ。

ヒント:$n \to \infty$のときに$M_0$が極限値になる数列を考える。

ミルカ「……」

「数列$\LL x_n \RR$を考えると、これは無限数列になって、しかも$x_n \in [a,b]$になる。 ということは、 二つの山になったりしても大丈夫なように、収束する部分列を取る考え方が使えるね(第225回参照)。 数列$\LL x_n \RR$から、必ず収束する部分列$\LL X_n \RR$を作ることができる。 $[a,b]$という区間を二等分して、無数の項を含んでいる区間の方を選んでいくという論法。 実数列を考えているから、区間縮小法を使って極限値$X_\infty \in [a,b]$の存在がいえる」

テトラ「なるほど! 確かに同じ議論ですね!」

「関数$f(x)$は連続だから、$n \to \infty$で$f(X_n) \to f(X_\infty)$になって、$f(X_\infty) = M_0$がいえた。これはすなわち$f(x) = M_0$を満たす$x$が存在すると主張している」

テトラ「これで、問題4が証明できて、最小上界$M_0$と$f(x)$の最大値が一致することがわかりましたから、問題3も証明できましたね!」

問題3

実数の閉区間$[a,b]$から実数全体の集合への連続な関数$f(x)$には、上界が存在することがいえた。

では、この関数が最大値を持つことを証明せよ。

「そうだね!」

ミルカ「残念ながら、まだだ」

テトラ「え……まだですか?」

「どうして?」

ミルカ「では、ブックマークに戻ろう」

ミルカさんが、もう一度ウインクをした。

ミルカ「私たちは最小上界を$M_0$と置いた。そして問題4ではその$M_0$を使って$f(x)$が最大値を持つことを証明した。 しかしこの議論には大きな欠けがある」

テトラ「大きな欠け? それは何でしょう、わかりません……」


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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

chibio6 難しかったけれど理解できたと思う。前回の区間縮小法のところも実数なら無限の項があるのは当然と考え… https://t.co/pQtXNlt8Av 5ヶ月前 replyretweetfavorite

heliac_arc デデキント切断懐かしい 5ヶ月前 replyretweetfavorite

aramisakihime ミルカさんの「ブックマーク代わりだよ」、テトラちゃんの集合の切断のハンドサイン(仮)、という新しい武器が! 5ヶ月前 replyretweetfavorite

hyuki cakesのWeb連載というのはたとえばこちらです。 https://t.co/koCW1A01B8 5ヶ月前 replyretweetfavorite