イラスト:堀越ジェシーありさ
「えっと、ここはどこ?」
訪問者と会うようになってしばらくしてから気づいたことだが、大抵の人がこのロビーに入って来た時に、最初にそう言うのだ。ここに来る人は年代も性別も、抱えている事情も様々だ。なのに不思議なことに、「あなたは誰?」でも「これは夢?」でもなく、ここがどこかを尋ねる。
そう聞きたくなるような、夢の中特有の共通した感覚があるのかなと思う。そう言えば私も、初めてここに来た時、おじさんにそう尋ねたかもしれない。
この夢工場は、誰にでも容易に来れる場所ではなかった。扉は必ず、夢の中のどこかにあるが、そう簡単に見つけることはできないのだ。探そうと思わなければ目につかないところにあり、本来の夢の物語とは関係のない場所で沈黙を守っている。つまり、夢の物語からはみ出すことのできる、明晰夢を見ている人でしかこの夢工場に辿り着くことはできない。
それは同時に、夢工場で解決すべき問題を抱えている人にとっても、簡単にここを見つけることはできないということでもある。それ故に、管理人の立場としては歯がゆくなることもあった。その時、私が監視していた夢は、ある大学生の男の子のものだった。
夢に、ノイズが入っていた。モニターに映し出される夢の景色に、時折いびつな線が入る。ノイズはその人の夢に、何か不具合が起きていることの証しだ。
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