「はい。それも、このサイレントベルが公開しているのはAホークツインの一本だけです」
「それは不可解だな。なあ、コーギー。Aホークツインは、他のゲームと違って人気はないよな」
「ええ……」
言いにくそうにコーギーは答える。
「Aホークツインは数こそ出ていますが、マニアのあいだでの評価は低いです。他のUGOブランドのゲームに比べれば、出来は一段下がると言われています。僕も同じ感想です」
灰江田は、少し考える。
「なにかソフトに問題があるのか」
「いえ。バグがあるとか、そういうわけじゃないんですけど、簡単すぎますから。Aホークツインは、二人同時プレイできるシューティングゲームですが、二人で遊ぶ意味があまりありません。個別に弾を撃つだけです」
コーギーは、あまり批判したくないといった空気を出す。
「そうか。Aホークツインは、赤瀬の最後のゲームだと言っていたよな。赤瀬は、そこで才能が尽きたのかな」
「そういうわけじゃないと思うんですが」
コーギーも不可解なようだった。
それにしても海賊版の開発者は、なぜこの一本だけを移植したのだろうか。そこに理由がありそうだと思い、コーギーに尋ねる。
「そうですね。海賊版の開発者は、ゲーム自体に思い入れがあるのかもしれません。あるいは開発者の赤瀬さんに対して、なにがしかの感情があるのかもしれません。どちらにしろ、僕らの知らない事情があるのでしょう」
「コーギー、おまえはどう考える」
灰江田は、相棒がこの件をどうとらえているのか聞こうとする。
「後者の可能性、つまり赤瀬さんに対する個人的な感情があるのだと感じています。ただの直感でしかないですが」
声に自信がない。論理的ではないとコーギーも承知しているようだ。しかし、そうした直感も、ときに大切だ。
「いいか、コーギー。その道に詳しい人間の直感ってのはな、深層学習したAIが導き出す結果のようなものだ。言語化はできないけど、過去の情報に基づいた判断なんだよ。だから、なんらかの理由があると考えてよい」
人とのやり取りはともかくとして、ゲームに関してのコーギーの判断は真実である可能性が高い。それだけの経験がコーギーにはあると灰江田は考えている。
コーギーは灰江田の言葉にうなずき、話を続ける。
「幸いなことにアプリが登録されているページには、開発者宛に送れるメールアドレスがあります。ここを起点に勝手移植者を釣ることができるかもしれません」
「なるほど。上手くやり取りして、そいつを引きずり出せば、赤瀬に繋がる情報を得られるかもしれないというわけか」
「はい。もし開発者が、赤瀬さんに対してなんらかの感情があるなら、こちらが知らない情報を持っている可能性もあるでしょうから」
「よし、分かったコーギー。それで、どうやって相手を引きずり出すんだ」
コーギーはキーボードを叩き、ノートパソコンの画面を灰江田に見せる。
メールの本文だ。赤瀬裕吾から公開の差し止めを要求する内容になっている。もちろん本人が書いていないので捏造だ。
「赤瀬に成りすますわけか」
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