掌篇「二〇一八年のイニシエーション」
【ナレーション】
まずはこちらの、成人式の模様をご覧ください。二十歳の成人を祝う「成人式」。今年も全国各地の成人式で、一部の若者が騒ぎを起こし、問題になりました。それにしても、大人って、なんでしょう? 現代の男性たちの中で、就職、結婚、そして父親になっても、自分は大人だと胸を張って言える人は、どのくらいいるのでしょうか。
かつて日本で、通過儀礼の役目を果たしていたといわれるのが徴兵検査。兵役義務のない現代は、男性たちが大人になる機会を逸したまま、漫然と一生を送る時代なのかもしれません。もしかしたら日本人男性は潜在的に、通過儀礼を欲しているのではないでしょうか。
そこで今回開発されたのが、こちらの失恋ゲーム。開発者の方にお話をうかがいました。
【VTR】
「こちらの商品は、バンジージャンプに着想を得ています」
「え、バンジージャンプ? でもこれ、全然バンジージャンプじゃないですよね?」
「はい。実はバンジージャンプはもともと、バヌアツ共和国という国で行われていた、通過儀礼の儀式だったんです。現在わたしたちがバンジージャンプと聞いて思い浮かべるものは、それが世界的にレジャー化されて人気になったものなんです。そこでわたくしどもは、同じようにレジャー化できる通過儀礼が、世界にはまだあるんじゃないかと調査しました」
チームが目をつけたのが、なんと失恋! 失恋を専門に研究する、大学教授にお話をうかがいました。
「現代社会において、とくに男性は、自己否定を突きつけられる失恋が、己を一旦殺すとい意味合いにもっとも近い行為であることから、通過儀礼の代わりのような位置づけで捉えられることが多くなってきました。まあ若い人というのは、男女ともに自分しか見えていないものですが、男性の場合は自己が肥大したようになり、世界が自分でいっぱいの状態なんですね。
それが、好きな女に否定されることで、スケールダウンして、じょじょに身の丈にあった感覚に落ち着いていく。逆にこの過程を経ないと、人との距離感がはちゃめちゃな大人になってしまう。ストーカーなんてのは、往々にしてそういうことです。男性は女性を所有したいという欲求が強い生き物です。その分、拒否されたときに感情がうまく処せず、いきなり殺してしまったりするわけです。そうならないためにも、適度な失恋の経験は、むしろあった方がいいといえます」
しかし、恋愛離れといわれる現代の若者は、失恋する機会も少なくなっています。日常生活の中で得られる、数少ない通過儀礼、失恋。では失恋を、こちらのメーカーでは、どのようにレジャー化したんでしょう。
「八十年代に人気を博したバラエティ番組『ねるとん紅鯨団』から着想を得ました」
「それって、どんな番組なんですか?」
「簡単に言うと、集団お見合い番組です。フリータイムのあとに告白タイムがもうけられていて、男性が好きな女性に告白する」
「告白するのは、男性だけ?」
「はい。当時は、女性から告白する時代じゃなかったようですね。女性は、相手が気に入らなければ、ごめんなさいと言うんです」
「ごめんなさい?」
「はい。その言葉で、男性は玉砕する。フレーズが決められているところも、通過儀礼っぽくていいと思いました」
「ごめんなさいの一言が、フラれたってことになるんですね」
「はい、失恋の代替行為です」
「でも、失恋といえるほど好きな相手でないと、効果がないのでは?」
「そこで、弊社では人気アイドルグループに協力してもらうことにしました。プリクラのようなブースに入り、推しメンをセレクト。モニターに映し出されたホログラムの彼女に向かって、告白します」
「でも、フラレちゃうんですよね」
「はい。なにをどう言われても、彼女たちの答えはすべて、ごめんなさいです」
モニター調査では、どんな反応が見られたんでしょう。ブースから出てきた男性に直撃しました。
「いかがでしたか?」
「いやぁ、はは、フラれました、あははは」
「傷つきましたか?」
「いやぁ、はい、グサッと、あはははははははは」
「セレクトした推しメンのこと、本当に好きだったんですね」
「はい、それはもう。愛してました」
「フラレてしまったいま、どんなお気持ちですか?」
「いやぁ、本当につらいです。本当に……」
「このブースに入る前は、たとえば個人的な妄想なんかでは、彼女は一度も、ノーと言わない存在でした?」
「そうですね、いい子でした。とても素直な」
「その妄想が、打ち砕かれてしまった?」
「はい。しかも自分でお金を払ってなんで、だいぶつらいですね、あはははははは」
「あれ、でも、ちょっとうれしそうですよね?」
「ハハ、そうですか? 本当にショック受けたんですけどね」
ユーザーからの反応も上々。まずはゲームセンターに設置するタイプが販売を開始され、ゆくゆくはVRゲームとして展開していく狙いです。
〈アイドル・イニシエーション・ラブ〉、果たして二〇一八年のヒット商品となるのでしょうか。
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掌篇「一年後」
【ナレーション】
アイドルファンから反感を買い、怒った一部の人が機械を壊すなど、騒動が起きた〈アイドル・イニシエーション・ラブ〉。あれから一年、ゲームを大量廃棄の危機から救ったのは、女性たちでした。
【VTR】
「見てください、この行列! これみんな、〈失恋マシーンⅡ号〉に並んでいる女の子たちです」
プログラミングをそのままに、女性アイドルからイケメンアイドルに替えたところ、脅威の売れ行きを見せたのです。それにしても、どうしてこんなに人気なんでしょう? ユーザーに話を聞いてみました。
「みんな、イケメンに失恋するため、わざわざお金払って並んでるの?」
「キャハハハ、そうでーす」
「失恋するのに、みんな楽しそうだね」
「えー、だって告白させてもらえるシチュエーションだけで感謝っていうか、むしろ振ってもらわないと困るし! つき合ったりしたら死んじゃう!」
「あなたはどう?」
「わたしも……フラれたときの方がキューッってなります。せつないのが好きだから」
この大ヒットを受けて、さっそく家庭用のVRゲーム化が進められています。ところが、この人気に警鐘を鳴らしている人が。女性学を専門にする大学教授に話をうかがいました。
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