伝説のスナイパーと最強の殺し屋

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の師匠であり、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城が銃弾に倒れた。師匠を失った七海を取り巻くようにさらなる事件が起こり、そして物語は衝撃のラストへ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第42回。

「いったい、どういうことなんだよ」

クラシックカーの後部座席に乗った秋山は、運転手の冴島耕造に聞こえないように、響妃に耳打ちをする。

不思議な経緯で、そのとき秋山と響妃は桐生家の車に乗っていた。この段階に至っても、桐生家の車に乗らなければならない理由を、秋山は響妃から聞かされていなかった。

「ひなた写真館の現在の持ち主、日向涼はやはり、あの事件の犯人の一人息子に間違いない」

「日向涼?」

響妃はバッグからファイルを取り出し、二枚目よ、と渡す。

言われたとおり、秋山はファイルの二枚目の資料を開く。

それは、スクラップされた雑誌の切り抜きだった。

見出しには、こうあった。

「雑司が谷幼女連続殺人事件の犯人、日向志津男、自殺」

ここよ、と響妃は秋山に身を寄せるようにして、秋山が持つ記事のある部分を指す。

「えーと、自殺した現場は日向が経営する雑司が谷の写真館で、警察が駆けつけたとき現場には血まみれになり泣きながら日向志津男の遺体にしがみつく幼い息子がいた……これって」

と、秋山は響妃の顔を見る。

響妃は頷く。

「日向涼は、父親が自殺したとき、その現場にいたのよ」

「もしかして自分の父親が死ぬところを見たかもしれないってこと?」

思わず、大きな声で言ってしまう。しぃ、と響妃は慌てて口の前に指を立てる。が、間に合わない。   ルームミラーの中では笑っていない二つの目が、じっと二人を見ていた。

「やはり、そうですか」

ヤギのように眉が長い冴島は言う。

「やはりって?」

平然と響妃が言う。

「相川アイズの相川響妃さんでございますよね」

「知ってたんですね」

響妃は開き直って言う。

「もちろんです」

「じゃあ、なぜ、受けたんですか、今日のこと。噓だと知っていたんですよね?」

響妃は七海の高校の先輩だと噓を言い、最近ふさぎ込んでいる七海が心配で、話をしたいとデタラメを言って、この約束を取り付けたと言っていた。

「調整するには、ちょうどいい機会かと」

「調整?」

「はい。どこまでを放送して、どこまでをオフレコにするか、調整する必要があるかと存じまして」

「あなた、誰?」

訝し気に、響妃はルームミラーを見返す。もしかして、はめられているのはこちらのほうかもしれない。

「名乗りましたとおり、桐生家の運転手の冴島耕造と申します。ただし、一点、お伝え忘れていることがございました。何分、この年齢ゆえ、お許しください。私、桐生家の執事もいたしております」

「執事?」

秋山と響妃は声を合わせて言った。この時代に、まだ執事がいる家があるのか。

「はい、桐生家の皆々様方のご心中を煩わせないのが、私の役目でございます。それですので、本日は、お話しできることはすべてお話しいたしますが、できれば、オフレコと付言したところは、ぜひ、オフレコとさせていただければと。その条件で、お話しいたしますが、いかがでしょうか」

「それなら、ここで降ろしてください」

響妃はきっぱりとした口調で言った。

「おい、響妃」

秋山は慌てて取りなそうとする。かまわず、響妃は続ける。

「こちらは、こちらの判断で報道します。その条件じゃなければお話を伺いません」

「何を言ってるんだよ、こっちが頼む立場だろ? 謝れよ、ほら」

響妃の頭を後ろから押そうとする。けれども、響妃はそれに抗う。

「明良君こそ、何を言ってるのよ。この人は、私たちに話を聞いてもらいたいの。そうじゃなければ、私が相川響妃だって知ってて、今回の話を受けるはずないじゃない。受けたってことは、あっちにも受けるメリットがあるってことよ。そうですよね、執事さん?」

ルームミラー中の長い白眉毛の下の目は、ようやく、穏やかになる。

「さすがは、相川響妃さんです。それなら、こちらも建前はよして、本音で参りましょう」

「そうしましょう」

と、響妃は後部座席で堂々と腕を組み、満足そうに頷いている。

やはり、響妃には勝てないと秋山は思う。

二人が通されたのは、洋館の応接間だった。

その暖炉の上には、様々なトロフィーや賞状、メダルが飾られていた。その中に、一際丁重にガラスケースに入れられている金色に光るメダルが三つあった。

「これって、本物の金メダルですか?」

秋山は、コーヒーを持ってきた冴島に言う。

「はい。七海お嬢様のお父上、譲様がオリンピックのライフル射撃で獲ったものです」

「伝説のスナイパー、ジョー・キリューのことですか?」

「はい、仰るとおりです」

「誰、ジョー・キリューって?」

秋山は響妃の腕を突く。

「明良君、そんなことも知らないの? オリンピック三大会連続で金メダルを獲った、世界的に有名なスナイパーよ。今はたしか」

「防衛省のほうで教官をされています。そして、サイレンス・ヘルを育てたのも、譲様です」

「え……」

と、秋山は絶句する。七海の父親が、サイレンス・ヘルを育てた。その現実がすんなりと頭に入ってこなかった。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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