蛙の子は蛙

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の師匠であり、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城が銃弾に倒れた。師匠を失った七海を取り巻くようにさらなる事件が起こり、そして物語は衝撃のラストへ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第40回。

「だって普通に考えてみてくださいよ」

苛立った表情で「狙撃に詳しい専門家」改め「クラウド・シンジケート研究の第一人者」である横山直志が、キャスターの相川響妃に言った。

スタジオの中で、秋山明良はその「カメレオン専門家」の言葉を冷めた気持ちで眺めていた。

「あの池袋の雑踏でですよ、他に誰一人傷つけることなく、ターゲットの心臓だけを正確に撃ち抜けるって、ありえない話なんですよ、僕らの業界では」

ただし、言っていることは、なるほどもっともだと思う。

天才心臓外科医藤野楓が狙撃された事件では、四〇〇メートル南の新しく建てられたビルの辺りで、三脚を立てて、路上で撮影をしていた不気味なカメラマンがいたという情報があった。

マスコミ各社は連日のように、そこにリポーターとカメラマンの取材チームを派遣していた。けれども、手がかりは摑めなかった。調べれば調べるほど、その狙撃が不可能だと専門家でなくとも誰もが思った。

狙撃点と思われる場所と藤野楓が倒れた場所は、確かに直線で結ばれ、そこから狙撃したと考えれば藤野楓が車にぶつかる前に倒れた方向が北の方向、つまりは車が来た方向だったことも辻褄が合う。

問題は距離ではなかった。その四〇〇メートルの中に、メインストリートが東西に二本横切っていて、また豊島公会堂跡地前から南に延びるその通り自体も、決して人通りが少なくないということが問題だった。

他に被害者がいないという事実から逆算して考えると、まさに針の穴に糸を通すように、わずかな􄼱をついて狙撃したことになる。

「これができるのは?」

相川響妃が促す。

「世界でサイレンス・ヘルただ一人です。間違いないですね、断言できますよ」

「だとすれば、この事件にもクラウド・シンジケートが関わっているってことですか?」

「そう見て間違いないでしょう」

もし、今回の件にクラウド・シンジケートが関わっているとすれば、問題は、誰が藤野楓を殺すように依頼したかということに絞られる。

でも、世界中の難病に苦しむ人を救い続けてきて、これからもなお人を救い続けようと思っていた奇跡のような人を殺そうと考える人間など、本当に世の中にいるのだろうか。

秋山はその動機を持っている人物像を、少しも想像ができなかった。

そういった対象に決してならない、ある種のサンクチュアリに藤野楓は生息していたのだと思っていた。

けれども、起きたことから逆算してみれば、そうではなかったということなのかもしれない。

事前に響妃が懸念したとおり、藤野楓が受けていた殺害予告は本物だったということになる。

マスコミにも流れていなかったところをみると、藤野がそれについて相談したのは響妃だけだったのかもしれない。

今回の件については、とにかく、響妃が相川響妃らしくなかった。殺害予告についても、あのラブホテルの写真についても、決して公開しようとしなかった。

公開すれば、間違いなく、スクープにもかかわらずだ。

—この件は、簡単じゃないような気がする。

それが、響妃が公開しない理由だった。そして、殺されたのが尊敬する藤野楓ということもあって、響妃もショックを受けているのだろうと秋山は思った。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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