イレーザー 〜人を消す女〜 3

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の師匠であり、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城が銃弾に倒れた。師匠を失った七海を取り巻くようにさらなる事件が起こり、そして物語は衝撃のラストへ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第39回。

携帯電話に着信として藤野楓の名前が浮かび上がったとき、七海は何か胸騒ぎがした。

仕事の依頼をするときや打ち合わせをするときは、もっぱら、七海から藤野にかける。藤野からかかってくることは滅多にないことだった。

電話を切っても、その胸騒ぎは収まらなかった。むしろ、電話を取る前より増幅した。待ち合わせ場所として、藤野楓が指定したのが、池袋の中池袋公園だったからだ。

中池袋公園とは、山村詩織が殺された豊島公会堂の目の前の公園だった。たしか、豊島公会堂は今、新しく建て替えるために取り壊されているはずだった。

青のワンピース姿で公園の椅子に座る藤野楓は、座るだけで絵になった。風になびく髪を押さえつけるようにして、工事最中の豊島公会堂のほうを見ていた。それだからか、七海が近づいても、なかなか気づかなかった。

考え事をしている、というより、何かに取り憑かれたように、ぼうっとしているように見え た。

「藤野先生」

声をかけると、ようやく、七海のほうを向いた。

その目を見て、七海は思わず、歩みを止めた。

藤野の目が、虚ろだったからだ。もうここにいないかのように見えた。

いや、違う—虚ろに見えたのは、その瞳いっぱいに涙が溜まっていたからだ。

ごめんなさい。

たしかに、藤野の唇がそう動いたように七海には見えた。そして、目から涙が溢れ、つうっと頰を伝い落ちた。

七海は、藤野の元に駆け寄り、ベンチの隣に座って抱きとめた。今、この人を抱きとめなければならないと本能的に思った。

「ごめんなさい。私、あの子にどうしても会いたくて」

今度はしっかりと声に出して藤野はそう言った。ただ、七海には意味がわからなかった。少なくとも、錯乱しているようには見えなかった。

「会いたいって、誰にですか?」

藤野は答えなかった。涙を振り落とすように、首を横に振りながら、ごめんなさい、と繰り返した。あのときの棒状のイヤリングをしていることに気づいた。あの日以来、藤野はよくこのイヤリングを身に着けていた。まるで、山村詩織の形見のように。

あの子とは、きっと、山村詩織のことなのだろうと七海は思う。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。今日は七海ちゃん、あなたにちゃんと謝りたかったんだ」

藤野は無理に笑おうとするが、美しい容貌を歪ませるようにしただけだった。笑うこともできないくらいに、なぜか藤野は動揺していた。

「先生、どうして謝るんですか? 私、何も心当たりがないです」

藤野はそれに答えずに、また、黙って首を横に振った。振り続けた。

そして、急に顔を上げて思い出したように時計を見た。

「行かなきゃ……」

藤野はおぼつかない足取りで立ち上がった。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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