イレーザー 〜人を消す女〜 1

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の師匠であり、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城が銃弾に倒れた。師匠を失った七海を取り巻くようにさらなる事件が起こり、そして物語は衝撃のラストへ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第37回。

記憶があった。

もしかして、それは記憶というより、幼き日の夢想なのかもしれない。七海にも、夢かうつつか定かではなかった。その境界が曖昧だった。

どこかの水辺で七海は誰かに肩車をされて、大きな笑い声を上げてはしゃいでいたのだと思う。

「もっとはやく! もっとはやく!」

幼き日の自分の声が、聞こえてくるようだった。

それをずっと父の肩だと思っていたが、現実なのか夢想なのかわからない記憶の映像をたどると、小さな七海を肩車するときに、その肩の持ち主は、全身に力を込めていたように思う。進むのも、精一杯で、頭はあの当時の父よりも小さく若いように思えた。

もしかして、歳が離れた近所の子どもだったのかもしれない。

ただ、母親が亡くなって、父も仕事で家になかなか帰ってこられないときに、その背中がいつも七海のそばにいてくれた。

あるいは、寂しい子どもが勝手に思い描くという心理学的な幻影なのかもしれない。あまりに寂しかったために、勝手に作り上げた架空の話し相手だったのかもしれない。

少なくとも、七海にとってある時期その幻影は、母であり、父であり、寂しさを紛らわす遊び相手だった。

今日のように、公園のベンチなどで久しぶりに暖かな陽射しを浴びていると、ふとそんな記憶が蘇るのだ。

七海は南池袋公園の、陽の当たるベンチに一人、腰掛けていた。

「七海」と、呼ぶ声があった。

七海は陽射しがもたらす記憶から抜け出せないままに、少女のような笑顔で振り返った。

陽の光の中には、優しい笑顔をした、背の高い少年がいた。

あと、もう少しで少女の七海は、その背の高い少年にこう声をかけるところだった。

ひさしぶりね、と。

しかし、光に目が慣れてくると、少年から光が失われていった。光で見えなくなっていた影が見えてきた。少年などではなかった。のっそりと背が高く、姿勢が悪い、不気味なほどに色の白い男がそこに立っていた。いつものようにイヤフォンのコードを耳から垂らし、手にはカメラを持っていた。

すっと、日が雲に隠れ、本来の姿を現したかのようだった。

サイレンス・ヘル、日向涼だった。

彼に聞きたいことがあった。

「何の音楽を聴いてるの?」

本当に聞きたいことはそんなことではなかった。けれども、聴けなかった。代わりに、風に揺れるイヤフォンの白いコードを見ているうちに、七海は音によって正気を保っているという噂は本当だろうかと聞いてみたくなった。

—もし、彼が音のない世界に行くと、彼の周りは地獄になる。だから、サイレンス・ヘルと呼ばれている。

飛行機の中で藤野楓が七海に言ったことが、気にかかっていた。白いイヤフォンをしていない涼を、七海は今まで見たことがなかった。

七海の質問に、涼は一瞥だけくれて、ふん、と馬鹿にするように鼻で笑った。

持っていたオールドカメラのレンズを、公園の向こう、光の中で遊具で遊んでいる子どもたちに向けて、シャッターを切りながら唐突にこう言った。

「もうそろそろ、やめないか」

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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