現在巨人で育成部ディレクターを務めている大森剛は、慶應義塾大学時代、東京六大学随一のスラッガーとして鳴らし、巨人にドラフト1位で入団した。しかし巨人の選手層の厚さに阻まれてレギュラーになることができず、平成12年からスカウトになった。
彼が大事にしている言葉は「一球一瞬」「三球一振」である。打者であれば、一振りで技量を見抜き、投手であれば三球で実力を判断する、という喩えだ。
「打者はファウルでもいいから、一振りしてくれたら、打てるか打てないかがわかる。投手は三球投げれば、その中に変化球もあるし、フォームもスピードもわかる」
青森県で行われた秋季大会だった。
新チームになって間もないときなので、光星学院、青森山田高校などの強豪校にいい選手がいないかな、という程度で見に行った。
光星学院に1年生でショートを守っている選手がいた。打順は1番。体は180センチを超え、体もできている。ゴロの捌き方など身のこなしもいい。それが15歳の坂本勇人だった。大森には守っている姿のシルエットが美しく映った。
大森は言う。
「僕らは、ぱっと見て第一印象で判断するのですが、プレースタイルがカッコいいなと感じました。カッコいいというのは、野球センスがあるということです。とくに本塁打を打ったわけではないですが、魅力的に見えたのですね」
そこから大森は坂本を追いかけるようになった。
ひと冬越えて、2年生になったばかりの坂本は、まだ全体的に力不足という感じを拭えなかった。ところがその夏の県大会の決勝だった。青森山田高校の左腕柳田将利から、坂本はバックスクリーンに特大の本塁打を放った。柳田はこの年に千葉ロッテマリーンズにドラフト1位指名された豪腕である。
「スカウトとして2年後楽しみな素材」というレベルが、「長距離砲としての資質もある」と評価を変えた一瞬だった。
彼の評価がさらに高まったのは翌年の3月。光星学院は選抜大会の前に関西へ遠征に行き、報徳学園高校とオープン戦を行った。そこで坂本は2本の本塁打を放ったのだ。
選抜では一回戦で敗退した。当然この場で、12球団の全スカウトは坂本を見たが、彼は大活躍をしていなかったので、評価は賛否両論に分かれた。「ああいう腰の高い選手は伸びない」「打撃も特徴が無いからプロではきついんじゃないか」という意見が多かったという。巨人の中でも評価は半分に分かれた。
だが大森だけは、彼はトップクラスの選手だと信じて疑わなかった。
なぜ確信を持てたのか。坂本は2年生の春から4番を打っていたが、大森はグラウンドの物陰に隠れて練習を見ていた。坂本は大森が注目していることを知らない。3年になった坂本の技量に驚いたのは、内角の打ち方だった。大森に言わせれば「インサイドアウト」に打てる技術である。
高校生は金属バットを使うから、思い切り振れば打球は飛んでいく。だが坂本は、ティーバッティングのときにバットの振りを遅らせ、十分に引きつけてから最後は鞭をしならせるように一気に打った。これが「インサイドアウト」だが、木製バットで内角を打つには、この技術を習得しなければ飛距離は出ない。
もう一つ大森が驚いたのは、センター、ライトへ飛ぶ打球の質だった。
「僕らの業界の言い方かもしれませんが、品のいい打球を打っていたんです。真っすぐできれいな打球です。下品な打球というのはゴルフでいうようなドライブしたり、スライスしたりするんです」
この打球を見た時、大森はプロでも活躍できると確信を掴んだ。この頃になると他球団のスカウトも注目するようになったが、大森は願っていた。
「もう打たないでくれ」
トンネルのエラーでもしようものなら、「よし、よし」と心の中で拍手していた。
それでも巨人での評価は分かれ、平成18年のドラフト会議では、巨人は1位に愛工大名電の堂上直倫を指名している。だが、3球団が競合し、巨人は抽選に外れ、坂本を指名した。
ドラフト会議の直前まで、巨人は誰を外れ1位にするか迷っていた。原辰徳監督や球団代表、他のスカウトのいる中で、大森は自分の首をかけて、「絶対彼はプロで活躍できます」と強く主張した。その原点には、初めて彼を見たときの美しいシルエットがあった。原監督も大森の姿勢に「よし行こう」と決断。坂本の外れ1位が決まった。
坂本は入団2年目でショートの定位置を獲り、144試合に出場した。翌年は打率.306、本塁打18を打って巨人のスターとなった。
大森は坂本がレギュラーを獲った1年目、心配し過ぎて胃を痛め、胃カメラの検査もしたという。彼は言う。
「見る感性というのはありますね。僕は第一印象を大事にしているので、そこで行けると思ったら、次にどこが行けると判断したのか、枝葉(守備、打撃、脚力など)を分けていきます。逆に、有名な選手であっても、〝これはきついな〟と感じたら、枝葉ごとに分けて、〝やっぱり駄目だな〟と確認していました」
大森は坂本の資質をホームランバッターだと考えている。当初は、中距離打者として活躍したが、平成22年には本塁打31本を打ち、長距離打者としての実力を発揮した。坂本の長距離打者としての資質も大森は見抜いていたことになる。
※次回は6月13日(木)に掲載いたします。
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